"ペインキ"
3


「あ。見て見て、すっごい可愛い女の子が居るよ」
 不機嫌オーラを発散させながらずんずん歩いていた俺だが、安良木のその言葉につい立ち止まってしまった。安良木自身が可愛いんだもん、その安良木が云うんだからほんとに可愛いに違いないと思ったからだ。
「…………どこ? いねーじゃん」
 フェンスのこっち側にも向こう側にも、別に可愛い子なんかいなかった。フットサル場なんか男だらけに違いないという、俺の勝手なイメージと違ってやけに女がいっぱいいるけどせいぜい月並み、可愛い子なんかいない。
 まさかアレとか云わねーよな? と俺はフェンスの向こうの見ようによってはぎりぎり美人のオネーチャンを顎で指す。俺のその失礼な仕草を「違うわよ」と安良木が窘める。
「居るじゃない。ほら」
 そう云って安良木は再びフェンスへと視線を向ける。俺も同じように顔を向けたが、やっぱり特別可愛い女の子なんかいない。何だよ、美的感覚の差か? 俺が可愛いっつーと金子貴子とか安良木なんだけど、安良木の可愛いっていう感覚は違うのか? 
 まあ、確かに男の可愛いと女の可愛いは違う、って云うよな。女が絶対可愛いからって連れて来る友達は化け物ってのは最早お約束のネタだし。ここでけなして万が一機嫌を損ねたってつまんねーだけだし、適当に相槌を打とうとして俺はやっと気が付いた。
 コートにいるのは男だけだという先入観が俺に在った所為だ、見つけられなかったのは。
 フェンスの外じゃない、中にいる、ゴールの前にいる。
「うお〜…」
 すーげぇ……確かにメッチャ可愛いぞ。
 遠目から見ても目がすげえデカイ。茶パツで癖っ毛のショートカットがぴんぴんハネてて良く似合っている。
「ね〜、も負けてないけど、あの子もすごい可愛いね〜」
「は? 何云ってんだ、話になんねぇだろ、俺なんか。あいつアイドルみてーじゃん」
 いや、みたいじゃなくてマジでアイドルの卵とかなんじゃねえの、半端な可愛さじゃねーぞ、これは。なのに、そんな容姿をしているくせに男と一緒にこんなところでフットサルやってるなんて何者だ、あのかわい子ちゃんは。
 いいな〜、俺も男に混じってやりてぇな〜。
 授業で女子の試合見たことあんだけどボールに全員群がってさ、もう寄って集ってって感じでスゲェのな。だからその印象が余りに強烈で、実はあんまり女とやりたくないんだよ。でもフィジカルの問題とかあるしやっぱ女とやるしかないって思ってたけど、もしやフットサルなら行けんのか、男女混合も?
 あ〜俺も混ぜてくんないかな〜。
 俺は羨ましさから完全に足を止めてしまった。
 そういえばどういう連中とやってんのかなって、中に目を向けて俺は愕然となる。
 色黒釣り目にドレッド、金髪。
 どう見てもお世辞にも上品とは云えん連中だ。
 俺は慌てて視線を美少女に戻す。
 なっ……
 何でこんな連中と!?
「六戻りがオセエ! サルは出すぎだ、このバカ何べん云やぁ解るんだよ、突っ込むなって云ってんだろ! マサキ持ちすぎだタコ!」
 風に乗って届いたその怒声に俺は目を剥く。
 今の……声の発信源は間違いなくゴール前だった。だがしかし、女にしては低い声質も荒々しい口調も到底美少女に相応しいものではない。
 まさかと思いつつ、可愛らしげな顔しか見てなかったのを慌てて足とか腕へと視線を投げる。
 結果、俺は顎が外れそうになった。
 おいおい……マジかよ。俺も女顔だと思っていたけど、全然マシだったんだな。
「……ラギ、あれ、女じゃない。男だ」
「えっ、嘘!?」
 安良木も酷く驚いた様子で美少女改め美少年を凝視する。
 その顔にはありありと信じられないと書いてある。俺もまったく同感だ。
「……そう、かな? ほんと? 男の子なの?」
「脛見てみろよ、あの筋肉のつき方は男だよ。喉仏っぽいのもちゃんとあるし」
「私あんまり目が良くないから、筋肉とか喉仏までよく見えないけど…」
「マジです、ほんとです、アレは男です」
 俺はがっかりして溜息を吐いた。
 美少女が美少女じゃなかったことにがっかりしたんじゃない、やっぱり男女混合じゃなかったことに対してだ。
 今朝、寿樹が持ってきたルールブックを授業中に読んだんだけど、フットサルとサッカーは細かいところが結構違う。俺はまずそれに慣れなきゃならないけど、慣れたとしても上手い奴らに相手にしてもらうのはやっぱり難しいかもしれない。
 ナンパ目的のチームや趣味でやっている人意外、つまり俺が勝負して欲しいような本気のチームは女のいるチームとはやりたがらないと寿樹は云っていた。汚したり怪我させても困るし、本気でやってこてんぱんにしても逆切れされたり泣かれるだけだし、要するに面倒だから避けるって。
 がっかりしながら俺もその通りだろうなあって思ったんだけど、初めて来たその日に男女混合チームに遭遇するぐらいなんだから、ひょっとして状況が変わったのかもって淡い期待を抱いてしまったのだ。
 あ〜あ、やっぱり無理なのかなー。
 落胆して歩き出そうとしたところで、美少年が顔に似合わない荒っぽさでシュートを止める。おっと思って結局俺はまた足を止めてしまう。
「マサキ!」
 センタリングも素早くて、正確に色黒釣り目の足元に落ちた。
「サル上がれ!」
 あ。何だよこいつ、ナリに似合わず上手いんじゃん。
 目を奪われた俺は、本腰入れて試合観戦する為に身体の向きを変えた。横にいる安良木には申し訳ない気がしたが、目が離せなくなった俺は試合の成り行きをじっと見守る。
「ねえねえ、こんにちわー」
 突然の呼びかけに、視界の端で安良木の肩がびくりと跳ねる。声をかけられる前からこっちに近付いてくる気配は察知していたが、俺は振り返る気にはならなかった。今ちょうどいいところで見逃したくなかったし、場所が場所なだけに別に害はないだろうと思ったからだ。
「ねーねー彼女たち今さーひ」
「止めろっ」
 つい声が漏れた。
 美少年陣営がカウンターを喰らって一瞬にして攻め返される。フェイントに引っかかったのに、美少年は強引に身体を捻って足を振り上げシュートを阻止をした。
 俺はふーっと詰めていた息を吐き出す。自分でも気付かぬ内に、いつのまにか俺は美少年チームの応援に回っていたようだ。でも、別に顔が可愛いからじゃない、あくまでプレーが気に入ったからだ。
「サッカー好きなの? 俺もさー、サッカー好きなんだー。で、こんなとこ突っ立っててもツマンナイデショ? 向こうで一緒にやろうよ、教えてあげるしさー」
 俺の声に一度は黙った男がまた口を開く。
 それどころじゃない俺はきれいさっぱり無視をした。
「俺たちもさー、サッカー好きなんだけど、こんなとこ突っ立っててもツマンナイデショ? 向こうで一緒にやろうよ、教えてあげるしさー」
 ドレッドと金髪が攻め上がる。開いたスペースに釣り目がフリーで飛び込んだ。よく見るとこいつらも上手い。ただ上手いけど勘が悪いんだ、俺に云わせると。あああ、そっちじゃねぇよ、左に蹴れば入ったのによ、ってそんな感じ。本来のポジションはフォワードじゃなくて、ミッドフィルダーかディフェンダーかもしれない。
「あの、結構です、ごめんなさい」
 安良木の困惑したような声、喋りながら俺の手を握って引っ張る。助けを求めるというよりは、その握る指の強さは早くここを動きましょうと云いたげだ。でも、安良木には悪いが俺はこの場を去りたくない。
「人の連れナンパしてんじゃねえよ、てめえ」
 仕方がないので、俺は振り返りもせずに吐き捨てる。
 一緒にやろうと誘ってきたのが目の前のコートの中の連中ならば、俺は一も二もなく飛びついただろうが、明らかに安良木狙いのナンパ野郎なんてお断りだ。
「さっさとどっかに行きやがれ」
 ボールを追って忙しなく視線を移動させながらも、耳の方は少女めいた外見に似合わない美少年の声を拾うことに集中する。
 あの美少年も本当は別のポジションかもしれない。大声で出している指示は淀みなく的確で、知識に基づいた自信と培った経験を感じさせる。おそらく確実にサッカーやってはいるだろうけど、さっきの風祭とそう変わらない身長でキーパーとは考えにくいし。
「うっわ、きっついなぁ〜。でも、そういわないでさぁ〜、ほら、見てるだけじゃツマンナイよ、やろうよ。ね、俺マジ結構上手いんだから教えたげるって」
 ボールを奪われ、また攻め込まれる。
 俺は喰い入るようにその行方を追う。
 まさしく瀬戸際の攻防だ。見ているだけで力が入り、いつの間にか握り締めた拳には汗が滲んでくる。
「ね〜ね〜お願いだからシカトしてないでさ〜」
 そんな物凄く重要な局面で肩を掴まれた。その所為で僅かに身体が揺れる。おかげで弾丸のように一気に不愉快さが全身を貫き、俺の腕は殆ど無意識に跳ね上がっていた。
「ウルセエ」
「っ…が!」

 あ。

 やってしまってから俺は青褪めた。
 今しがた発生した音と悲鳴と肘へと伝わる鈍い衝撃に、おそらく的中しているであろう悪い予感を覚える。
 俺は右手を裏拳の形に振り上げたまま、恐る恐る肩越しに後ろを覗き見た。
「ってー! いってぇ、何しやがるんだこのアマ! マジいてェよ、チクショー!」
 予想を裏切ることなく、悪い予感は的中していた。
 振り返った先、フェンスの周囲に敷き詰められた芝生の上。
 鼻を押えた男が両膝を突いて蹲っていた。涙を零しながらも俺を睨み付けるその目には、激しい痛みと怒りが窺える。それもそのはずで、多分今の俺の一撃で鼻の骨が折れたに違いない。その証拠に両手の隙間から瞬く間に大量の鼻血が滴り始めている。
 やっべぇな〜。
 余りにウザかったから、ついつい無意識に手が出ちまった。寿樹はこれくらい平気で避けるから、いつもの癖でさあ。
 どうすっかな〜と思いつつ、俺は身を屈めて鼻血男の顔を覗きこんだ。
「ワリいな、だいじょぶか、お前?」
「ダイジョブなわけあるか、テメエふざけんじゃねぇぞォ!」
 鼻血男はぎらぎらした目でさらに俺を睨みつけ、さっきまでの口調とは百八十度違う獰猛な口調で叫ぶ。
 俺は溜息を吐いて、蒼白になった安良木をさりげなく背中に庇った。
「だから悪かったって云ってんだろ? 大体テメエがしつこくすんのがワリィんだよ、こっちは結構ですって最初にはっきり云ったんだからよ」
「ナメんじゃねぇぞそんな話が通用すると思ってのかこのクソ女が!」
「おい、シド!」
「どうした!?」
 ……あ〜らあらあら。
 わらわらとお出ましになりましたよ〜、見るからにタチの悪そうなオニィサンたちが〜。俺と安良木を取り囲むように三人は均等に距離を取る。どうやら俺たちを簡単に逃がすつもりはないようだ。
「おっまえ、なにその鼻、どうしたよ?」
「このアマだよ! この女が突然殴りやがった!」
「オイオイ、アンタから声かけてきてしつこく付き纏ってた辺りの説明はヌキ?」
「おい、てめえどうしてくれんだ、ああ!?」
 俺のツッコミは予想通り無視されました。
 いいけどさぁ、どうせそうだと思ってたから。
 イテェイテェとうるせえ声とありきたりな恫喝の声が俺と安良木を取り囲む。
 周りにいた奴らはとばっちりを恐れたのか、早々と俺たちから離れている。遠巻きに成り行きを見守っているだけで、止めに入ろうとかいう奇特な人はいないようだ。
 まあ、当然の反応だろうな、俺だってそうするかもしれないし。それに何よりテメエのケツはテメエで拭くのが俺のポリシーだ、周囲を眺めたのは状況確認の為であって別に誰かの助けが欲しかった訳じゃない。
 俺は瞳を眇めて、再度ぎゃあぎゃあウルセエ馬鹿野郎どもを順に眺め回した。
 鼻血男を入れても四人か。
 何とかなるだろ、これくらいなら。姿勢は悪いし動きはだらだらしてるし、どいつもこいつも武道経験者じゃなさそうだ。単に人数集めて群れることで自分が強いと勘違いしているようなタイプだな、まあつまり俺が一番嫌いなタイプ、って訳だ。
 奴らから視線だけは外さずに、俺はこっそり背中の安良木に向けて早口で囁いた。
「ラギ、走れるよな? 俺が一人目をぶっ倒すと同時に走るんだ。安全だと思える場所まで逃げたら寿樹に電話して迎えに来てもらえ、いいな」
 一方的にそう告げると、俺は一歩を踏み出そうとした。なのに、ぐい、と思わぬ力で腕を引かれて目を見張る。自殺行為に等しいのに、俺は敵から目を逸らして肩越しに安良木と目を合わせた。
はどうするのよ!」
 安良木は青褪めながらも真っ直ぐに俺を見て云い放った。
 こんな状況なのに、俺は不安にきらきらと濡れて光る安良木の黒い瞳に見蕩れそうになる。震える指で俺の袖を掴んでいる安良木の姿はとても勇敢だった。
 可愛いって思ったことは何度もあったけど、安良木を格好いいと思う日が来るなんて夢にも思わなかった。そもそも女を格好いいなんて思ったのも初めてかもしれない。何だかおかしくて俺は自然と笑っていた。
 俺は袖を握って放さない安良木の手の上に自分の手のひらを重ねる。
「大丈夫、俺は強いから。むしろ安良木が傍にいる方が危ない、頼むから離れてくれ」
 安良木が目を見開く。そして唇を噛む。握り込んでいた俺の袖を自ら解放し、一歩俺から下がる。
 間接的に足手纏いと告げられたことに傷付いたような顔が誇り高くて凄く綺麗だった。
「ごめんな、サンキュ」
「なに呑気に喋ってんだこのブス!」
 漸く視線を馬鹿野郎どもに戻すと、俺はまだ地べたに座ったままの男にふらりと近寄った。警戒させないよう、ゆっくりと歩み寄る。俺が鼻血男の前に立った時には、ちょうど鼻血男の背後に三人が並んだように一列になっていた。
 完全な列という訳ではないがこれで十分だ。一斉に囲まれることなくサシでやれればそれでいいんだから。
「ねえ」
「あ?」
 シドと呼ばれていた鼻血男が涙と鼻血をだらだら流しながら俺を上目遣いで睨み付ける。
 よく見るとその耳は隙間がないほどピアスだらけで、眉の下にまでわっかがぶら下がっていた。この分だと今は手のひらで覆われた鼻や口元にも刺さっているかもしれない。
 俺はそのピアスと鼻血に彩られた顔に向かってにっこり笑いかけた。
「鼻はどう?」
 狼狽えたように男の目つきが急に緩んだ。喚き散らしていた声のトーンまで下がる。
「い、イテェよ、どうしてくれんだよ」
「ごめんね」
 俺は小首を傾げて可能な限りしおらしく謝ってみせる。男が眼を丸くして硬直した。
 その間の抜けた隙だらけの顔に俺はにやりと極悪に微笑んだ。
「ほんとごめん、鼻だけじゃなく顎も割れるかもしんねえから、先謝っとくわ」
 俺は返事を待たずに膝を出す。
 がつ、と骨同士のぶつかる久々の感触に俺は内心顔を顰めた。
 滑るように最短で次の奴の前に移動、鳩尾に膝蹴りをお見舞い。前のめりになった顎に肘打ちをかまし、さらに上体が崩れたところに間髪いれずに下段を入れると見事に後ろに向かって倒れて行く。
 二人目はもっと簡単だった。
 ほっときゃいいのにぶっ倒れてくる一人目を受け止めちまった所為で両手が塞がる。表情を強張らせ、何かを云いかけたその顔に左右の突きを一発ずつ。ふらついたところを胸目掛けて横蹴り一発、それでもう折り重なるように倒れていって二人揃って戦闘不能。
「て、てめえざけんじゃねぇぞ!」
 あっさりと仲間をのされてしまった最後の一人が裏返った声で怒鳴ったが、明らかにビビってるツラで云われても俺の方が困るっつーの。
 俺はその威嚇をシカトして、その肩の向こうに視線を泳がす。走り去る安良木の背中を見つけて安堵の息を吐く。
 しかしなあ……思った以上に弱かったな、こいつら。
 最近漸くこの身体の使い方が解ってきた。
 女になったあの日、寿樹相手に何でああまで話にならなかったのか。理由が解ってしまえば至極簡単なことだ。腕も足も、男の時と長さが違うんだよ。
 男の時には当たっていた距離が射程外になっているのに、当たるつもりで拳を突き出し続けたりしたらそりゃ前のめりになるだけだわな。問題は筋肉云々より脳の方が変化した身体に対応出来てなかったことなんだよ。
 けど、そのズレもこの二週間で大分修正した。もうあの時みたいに無様につんのめったりよろけたりすることはない。確かに多少筋力は衰えたが、鍛えてきた骨まで細ることはなかった。そこいらのヤサ男より女の俺の身体の方がよっぽど凶器だろう。
 だから、負けるつもりなんて毛頭なかったんだけど、それにしたってこいつら……。それとも、こんな連中でも普通の女相手なら余裕で勝てるってことなのか?
 黒いTシャツのたるんだ腹を揺らしながら、男は自分の弱さを喧伝しているとしか思えない恫喝を繰り返し続ける。
「後でどうなるかわかってんだろな! 絶対見つけ出してその顔変形させてやるからな!」
「うるせえなあ、ごちゃごちゃぬかしてねぇでかかってこいよ、テメェ男だろ?」
 いい加減俺がうんざりして云うと、男の頬がかっと赤くなった。
 よくよく考えると「お前男だろ」って男が女に云われたくない台詞ナンバーワンって感じだよな。そういえば俺は今女なんだから、悪いこと云っちまったなって口にしてしまってから思う。まあ、女相手に恥ずかしげもなく複数で絡んでくるような奴ら、これぐらい云われたって仕方ねえよな。
 男が俺に向かって突進しようと身構える。タックルかましてマウントポジションでもとる算段だろう。その前に下段回し蹴りから踵落とし喰らわせてやるけど。
 足技大好きな俺は思い切りやってやろうとうきうきと待ち構えていたのに、なかなか突っ込んでこない。妙だな、と気付いた時には既に遅かった。
「オイ!」
 声のした方へと視線を投げて俺は舌打ちした。
「ずいぶんやってくれたなぁ、いくら顔が可愛いからって許されねぇぞ、これは」
 サングラスをかけた五人目の男だった、後ろ手に腕を捻られた安良木を連れた。
 身を屈めていた男がにやにやと笑いながら腰を伸ばす仕草を見せる。
「よぉ、待ちわびたぜ。俺、そっちのがいいなって思ってたんだ」
 このゲス野郎が。
 人質取った途端に勝者気取りかよ、反吐が出るぜ。
 口から飛び出しそうになった台詞を奥歯を噛んで堪える。下手に刺激すれば安良木が危ない。
「その子は放せよ。やったのは俺なんだから、俺をボコればいいだろ」
 苛立ちを押し殺し苦々しげに呟くと、男どもは演技掛かった仕草で顔を見合わせる。わざわざたっぷり間を取ってから、二人揃って下劣な印象の笑顔を浮かべた。
「ボコる? 別にそんな酷いことしねーよなぁ、こんな可愛いコたちを。ただしばらく俺たちと一緒に生活していろいろたっぷり奉仕してもらうだけだよなぁ」
「そうそう、痛いことはしねぇよ〜、キモチイイことしてやるからさぁ〜」
!」
 馬鹿野郎どもの下品な笑い声を撃墜するように安良木が叫ぶ。
、やりなさい! そんな男叩きのめして!」
 安良木が凛とした目で俺を睨みつける。
 その言葉と視線に俺は思わず拳を握った。そんな俺を見て、サングラスはますますニヤニヤ笑いを深める。
「おお〜っとストップね〜、あんたが動いたらこの子の両腕が折れま〜す」
「構わないからやりなさい! !」
「ハ〜イ、煩いからちょっと黙ってねぇ〜」
「い…っ」
 さらに腕を捻り上げられて安良木が苦痛に眉を寄せた。それでも声を上げまいとするようにぎゅっと唇を噛みしめる。
 その表情に俺は身動きとれなくなった。
 黒Tの男に向かっていっても、サングラスに向かっていっても、どっちにしろ安良木の腕は折られてしまうだろう。それで俺は無傷ですむかもしれないけど、でもそんなこと絶対させられない。
 打つ手のない俺は拳を開いて、降服の意思を表明した。
「ハ〜イ、そっちのお嬢さんは少々手癖が悪いようだから手ェ縛ろっか」
「出来ないなら逃げて! 逃げなさいよ、! 早く!」
 俺は黙って首を振った。
 こうなったのは俺の所為なんだからそれこそそんな卑怯な真似、死んでも出来るもんか。
「おい、縛れよ、シマダ」
「縛れってもなぁ、縛るもの縛るもの…」
「バカ、ベルトでいいんだ、そんなの」
「ああ、な〜る、さすがオンナ拉致るのに慣れてる人は違うねぇ」
「バカ云ってねぇで急げよ、サツが来る。とんでもねえ上玉なんだからぜってえ逃がすなよ」
「ヘイヘイ、おら、手、揃えて出せよ」
 俺は云われた通りに黒Tの男に腕を差し出す。
 同時に俺は逃げられなくても、何がなんでも安良木だけは逃がす覚悟を決める。
 ぐるぐると手首にベルトが巻きつけられていく。安良木は哀しそうな顔で俺を見ている。
 ごめんな。
 そう心で謝った俺は、しかし、その背後に忽然と現れた人影に目を見開いた。



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