俺の容姿に夢見てるバカって勝手な妄想を俺に押し付けようとするんだよね。
そうゆうバカにはきちっと現実を教えてやるんだけどさ。
云いたいこと我慢するのって健康に悪そうじゃん?ストレス溜めると根性曲がりそうだし。
でもそうするとびーびー泣き出すバカって多いんだよね。
そんなの泣かれたって、俺の知ったことじゃないよ。余計ウザイだけだっての。
涙は女の武器って云うけど、嘘だね。汚いじゃん、あんな顔。
実際の泣き顔が綺麗な奴なんか居ない。
たった一人を除いてね。



  tearcrown



「何で間違えるわけ?しかも一度じゃないよね?
頭カラカラなの?脳みそ詰まってない?それともたった今読んだばっかの説明書きが覚えられないくらい海馬の機能が低レベルな訳?
 こんな粉ポカリなんか分量通りに水入れて粉入れて振れば、どんなバカにだって美味しく作れるように大塚製薬が頑張ってるのに、何でこれ不味いの?ある意味すごいよ、何回やってもこんな単純なことが何回やっても上手く出来ないのって。
大塚製薬に更なる品質改良のために協力してあげたら?猿でも作れるぐらい簡単にしてくださいって、じゃないとには上手に作れませんて」
そこまで一気に云って、俺はの作ったポカリじゃなく、鞄から爽健美茶のミニボトルを取り出して口をつけた。
半分くらい残ってたそれを飲み干してを見ると、制服のスカートを握り締めて俯きそうになるのを必死に堪えていた。狭くて汚い部室の窓から差し込む夕日だけは綺麗なオレンジ色をしていて、それが潤み始めたの目に反射してきらきらしてる。
五・六やナオキは「そんな事ないで、ちゃんとウマイで」とか云いながら、わざとらしいくらいずるずる飲んでる。アホか、そんな味の薄いののどこが美味いっていうんだ、そりゃお前らみたいな腹が減ってりゃ何でも喰えそうな舌持ってる奴なら美味いかもしれないけど、あいにく俺の口には合わないんだよ。
そのままを見てたら、案の定瞳を水膜が覆いはじめて、表面張力の限界のところで目尻からぽろっと零れ落ちた。
あーあ。せっかく落ちないよう俯くの我慢してたのに。
一粒零れたら、後はぽろぽろ、最初に出来た涙の道を滑り落ちていく。
俺は溜息を吐いた。
後はお決まりのようにが逆ギレして俺に殴りかかって来るんだよね。こう腕をぐるぐる回して、何でそんなにイジワルするのぉー!とか云ってさ。、俺と同じぐらいチビのくせに手は俺よりちっちゃくて軟らかいから、殴ってるの方が痛いだろうし下手に俺が腕で防御すると痣になるだろうから、全部わざわざ手のひらで受け止めてやってるんだけど、それやるとまた怒るんだよな。大人しく殴られなさいよーって、こっちは気を使ってやってるのに。
さて、今日の逆ギレの第一声は何か?この前猿扱いしたときは、猿はナオキだもん!とかいうから、力が抜けて2発食らっちゃったんだよね。
の我慢しようとして引き結んだ唇が震えてる。
瞬きの拍子に溢れた涙は顎を伝って、床でぱたたって弾けて跡をつけて。


「…ばいばい」


ばたん、ドアは閉まってしまいました。
……は?何、それ?
「…つばさぁ」
ああ?なんだよ、お前ら、その視線はよ。
まるで俺が全部悪いみたいじゃん。
わざとらしくずるずるいわせてポカリ啜ってんじゃねェよ、マサキ。
そのちっちゃい水溜り見ながら何溜息吐いてんだよ、五助も六助も。
っーか、サル、何だお前のそのしょうがないねぇっていう両手を広げたポーズはよ。
俺は持っていたカラのペットを投げつけた。
「イデェ!」
「悪い、ゴミ箱だと思った」
頭を抱えるサルが邪魔で足蹴にして道を開けさせる。ドアに手をかけながら、下品な顔をしてニヤニヤしている部員に俺は優しく微笑んでやった。
「明日の練習が楽しみだね……とっても、いろいろ」


スパイク履いたままだから、リノリウムの床を歩くとカチャカチャ煩い。
くそ。まだ練習着のままだから汗と埃で気持ち悪い。
手間かけさせるなよ、まったく。
俺はその教室の前で立ち止まった。社会科準備室。カチャカチャいっていた音が急に止んだから、薄暗い廊下は静寂に包まれてやけに広々と見える。
ふぅん、人が居ないとずいぶん印象が違うもんなんだ。
ぐるりと辺りを見回して、俺は足元に視線を落とした。
…おいおい、一応ちゃんと閉めとけよ、バレたら使えなくなるだろうがよ。
ここの教室、通常の扉はちゃんと鍵かかってるんだけど、この下のとこは実は開くんだよね。大体この下とか上にある小さい扉は何のためにあるわけ?まぁ、そんな事今はどうでも良いけど。
俺は膝を付くと、その狭い入り口を潜った。
もともとは直樹達が見つけたもので、階段以外のサボり場になってる。知ってるのはサッカー部の連中と…だけ。教室や階段でどうしても見当たらなかったら、ここに来いって。
そもそも人が教えてやったとこに逃げ込むしかないって云うのも笑えるよな。

変色したカーテンが引かれてるせいで廊下より教室の中はさらに薄暗い。目を凝らさなくてもどこに何があるか知ってるから問題ないけどさ。
ボロい机と棚。
の姿は無い。
奥の壁際には錆の浮いたロッカー。しかもご丁寧にスカート挟まってるし。
聞こえるぐらい大きな溜息を吐いてやる。
木製の床は今度はかちかち歌う。結構これってプレッシャーだよな、音が真っ直ぐ近付いて行くのって。
でもかちっ、とそのロッカーの手前で止まってやった。
扉に挟まったスカートが僅かに奥に引っ込んだ。
そのまま腕を組んで俺は待った。
ここまで面倒かけさせてるんだぜ、これくらいやられたってしょうがないよな。
俺はただじっと待った。その内がたって音がしてしゅってスカートが中に引っ込んだ。
馬鹿だねぇ、今更気付いたって遅いよ。
さらにそうしてると、そうっとロッカーが開いて、すぐ閉まった。だから遅いって。ばればれだっての。
。いい加減出てこいよ、俺も暇じゃないんだぜ?」
ロッカーは無言。
ああ、そうですか。
天照大神はまだご機嫌斜めなんですか。俺のがそろそろご機嫌斜めなんですけど。
、開けるからな」
ノブに手をかけようとしたら、先にばんって開いてが転がるように出てきた。蝶番が軋んできいきい耳障りな音立ててる。
まぁ、鈍臭いが俺から逃げようとしたら奇襲作戦しかないよね。
着眼点は良いんじゃない?
ただ成功するかは別問題なだけで。
横をすり抜けようとするの腕を俺は難無く掴んだ。前に進もうとしていたのを静止させられたものだから、の身体は反動で俺のほうによろけてぶつかって、そのままぺしゃんって座り込んだ。掴んだ腕だけが吊るし上げられてるようになっちゃったから、俺も屈んでその顔を覗きこんだ。

ああ。
やっぱり泣いてるよ。
ぽろぽろ綺麗な泣き顔。
そこで俺は初めて反省した。苛めすぎたか。
悪いけど俺、人が泣いてるの見ると笑いたくなるんだよね。だって、涙で頬べちょべちょにして鼻水垂らして、ひぐっとかうぐっとかうめかれると、もうおっかしくってさぁ。
でも、だけは別。
何でか解らないけど、こいつの泣き顔だけは綺麗なんだよね。
目からだらだら流れるんじゃなくて、瞳の中から膨れ上がった水滴が目尻からすうっと頬を滑り落ちる。
どういう気管支してるのか鼻水なんか垂れてこないし、無様な泣き声を上げたりしない。
目の前のは俺から顔を背けて、伏し目がちにはらはら涙を零してる。濡れた睫毛は色を濃くして束になって、影を落として瞳の色を深くする。
ああ、ゴメンね、可哀想なことしたね。
…ごめんね」
俺を見ようとしなかったが驚いてこっちを向く。
そりゃそうだろう。何遍泣かしたって俺、誤ったことないからな。
「ごめん」
もう一回云ってみたら、まんまるにした目からまたぽろっと涙が落ちた。

「…I think almost tearful face unsightly and a tearjerker drama contempt. Though, an exception is only one in my presence. Her eyes shed tears I saw the most beautiful in the world」

え?ってが瞬きしたから、また頬を滑っていく。
それにくちづけて啜ってみた。
…なんだ、やっぱ塩っぽくて苦いや。ひょっとして甘いかもってちょっとだけ期待していたのに。
アハハ、目ェ、見開いちゃってるよ、コイツ。
目尻に溜まったやつが落ちる前に唇を押し当てて、間に合わなかったやつは頬を舐めた。
今度は俺の唾液で頬がべとべとになったようだが、まぁ、涙は止まったみたいだからいいか。
はまだ魂消てる。あ〜あ、やんなるくらい隙だらけ。
「She brushed away a tear」
俺はの額にデコぴんを喰らわせた。
ばちって音とふぎゃってしっぽ踏まれたネコみたいな声が重なる。
「ほら、行くよ、
立ち上がって手を差し伸べると、少しだけ躊躇った後、は俺の手を取って立ち上がった。


「よし」
最終確認をして俺は膝を起こした。一見して開くようには見えないし、最近開いた形跡も感じさせない。完璧だ。
一応辺りを見回してみると、さっきよりも夜は気配を増し、非常灯のついてる階段とは反対方向の廊下の消失点は闇に溶けて解らない。鍵や防犯システムが稼動する前にさっさと出たほうが賢明だ。
階段の方に歩き出したら、Tシャツの背を掴まれた。「何だよ」って振り向いて、の顔を見たら、理由なんかすぐ解った。
「お前馬鹿?恐いならなんでこんな人気のないとこに逃げ込むわけ?
俺が来なかったらお前のことだからべそべそ泣き続けて、気が付いたら真っ暗になってた挙句、そんな中一人で帰らなきゃならないってことになるのミエミエじゃん。何で先のことを考えられないの?
ああ、そっか、先のことが考えられないから、馬鹿なんだもんな、当り前か、馬鹿が馬鹿なことするのは」
「…だって、泣いてるの誰かに見られたくなかったんだもん」
右手はしっかりTシャツを握り締めてるくせに、俺と目が合わないようにそっぽを向いて拗ねたように唇を尖らしてる。俺は溜息を吐いた。
「放せよ、。伸びるだろ」
の無茶苦茶ショックを受けてる顔。眉毛が歪んで、唇の端が下がっちゃってる。
「放せって云ってるんだけど?」
頭だけじゃなく、耳も悪いの?って云うと寒さで強張ってるみたいな不自然さでぎしぎしが手を開く。
イライラしながら、その手を掴むと俺は階段の方に歩き出した。
「もう俺にこんな面倒かけさせないでくれる?俺、結構あからさまだと思うんだけど、何で解んないのかなぁ。ゴキブリみたいにやってくる馬鹿な女どもには絶対させないのに、何遍クソ不味いの作ったってポカリ作らせてやったり、部室に入るの許してるのだけだろ。ここだってサッカー部以外で知ってるのだけなんだぜ?
ここまで特別扱いしてやってるのに、何が不満なの?
それとも何?俺に跪いて傅いて敬えって要求してるの?」
「…………翼、あたしのこと、好きなの?」
……このアマ。人がはっきり云いたくないから、迂遠な云い回ししてるのに。
「さあね」
「あたし、イジワルな人はきらい」
「俺も馬鹿は嫌いだよ」
即答してやると、繋いだ手がびんと張った。まだ階段の途中なのに何で立ち止まるんだよ、それともそこの窓からだけ飛び降りんだ?って云ってやろうと振り返って、俺は開きかけた口を閉ざした。
また、泣かした。
噛みしめた唇の代わりに頬が幽かに震えて。そうやって我慢しようとしてるけど、窓から差し込む気の早い月光が濡れた瞳をしっとりと光らせる。
溜息が出る。
がびくっとして、その振動で右目からするりと雫が頬を伝う。
そうじゃない、お前に愛想を尽かしたんじゃないんだよ、自分に呆れてるんだ。
好きな女泣かして喜んでる自分に呆れてる。


だってしょうがないだろ?
俺はお前の泣き顔が一番好きなんだから。


俺はの頬に手を伸ばすと、親指の腹で乱暴に涙を拭った。頬に触れる手のひらに怯えたような視線をよこすに、俺はとびきり優しく微笑んでやる。

「The most beautiful tear in the world」

「…せかいでいちばんきれいななみだ?」

「正解。まぁ、まんざら、馬鹿って訳でもないんじゃない?」
にやって笑うと、は何度かぱちぱちと瞬きして、それからやっと意味が解ったみたいで上目遣いに俺を睨んだ。「行くよ」って繋いだ手を引いて再び階段を下り始める。
「あたし、素直じゃない人もきらい」
「俺も鈍い奴は嫌い」

ああ。こんなこと云うとまた泣くか。
まぁ、泣いたら泣いたでいいんだけどね。

世界で一番綺麗な涙が見れるから。