真夜中に目が覚めた。
部屋はとにかく真っ暗。
大きく切り取られているはずの窓は厚いカーテンに塞がれてネオンの光さえ遮断してる。壁に掛かった星座のカレンダーの蛍光塗料だけが人工的な色で存在を主張していた。
その蛍光イエローの群れを私はしばらくぼんやりと眺めて。

そして覚悟を決めた。

思い切って身を捩る。でも起き上がれなかった。
裸の背を抱きしめている腕は愛情よりも縛めを思い知らせた。
サイドテーブルのランプを点ける。これで起きるような男じゃない。
何とか重たい腕を退かして起き上がる。上半身を起したことでどろりと奥から溢れ出すものが私をより惨めにさせた。
「避妊、してって云ったのに……」
聞かせるつもりのない呟きをする自分は、きっととても愚かなのだ。だって無駄だもの。
無駄だ。
ティッシュをベッド脇のゴミ箱にシュート。
それからの私の行動は速かった。
さっきベッドの中で何度もシミュレーションしたから無駄がない。
これまで無駄なことが多すぎたから最後ぐらい能率的でいたい。
シャワーを浴びる気に、正確にはこの部屋のシャワーを使う気にならなかったから、そのまま服を身に付けた。下着、服と拾うにつれどんどんベッドから遠ざかる。どういう経路でベッドインしたかのレクチャーを受けてるようで、笑えた。
ソファに置き去りにされていた奴の携帯を取り上げ、念の為私の番号を消去。
投げ捨てると、私は自分の鞄を取って歩き出した。
ほんとはもう、全部昨日の内に済ませていた。
引越しも、電話番号の変更も、携帯の解約も新規契約も。
なのにこの期に及んで「覚悟」を決めなくちゃならないのは、私の未練だ。
かっこわる。
サンダルに脚を通す。セブントゥエルブサーティのやつ。ヒ―ル高くて疲れるから、仕事に向く靴じゃない。デート用、つまり奴を意識して買った靴ってこと。そういえば、カッコイイなって誉めてくれたな、昨日も。
ドアの新聞受けを開けたままにして、私はノブに手をかけた。
最後に振り返ってみる。
つけっぱなしたランプのほの明るい暖色が玄関に手を差し伸べるだけで、私を追う影はない。
そういう奴だよね。
「さようなら、誠二」
私は新聞受けから合鍵を落とした。





                    





日々は諾々と流れ。
時々、誠二の姿をテレビで見かけた。
プロのサッカーチームの、しかも優勝戦線に絡むような強豪チームのエースストライカだから、見る気なんかなくっても交通事故のように突然映る。
今もこうして営業先からの帰り道、電化製品量販店のテレビと交通事故。
今日はこのまま直帰していいって云われてたから、何となく脚を止めてみた。
本日のスポーツニュース。飛んできたボールを誠二が蹴って。ゴールが決まって。画面の中ではいい大人が大喜び。同じユニフォームが走りよって誠二に抱き付く。カメラが狙い澄まして拳を突き上げる誠二の笑顔を大写し。
不思議だった。
だってこの人と寝てたんだから。
電話越しに声を聞くことさえなくなってしまうと、現実感が高速に薄れていく。
夢の中の出来事のよう。
一緒に過ごした時間はけして短くなどないのに、失ってしまうと改めて何もなかったことを痛感する。
所詮無駄だったのよ、全部。
ぜーんぶ。
私はただの都合のいい女だっただけ。
呼ばれればすぐに喜んで出掛けて、ドタキャンされても特殊な職業だからと許した。
別に私が特別心が広いわけじゃない、単に嫌われたくなかっただけ。
セックスにしたってそう。
私はただの性欲処理機。
何度も何度も、いくら避妊してって云っても一回もしてくれなかった。
仕方ないから産婦人科でピルを処方してもらって自分で飲んだ。避妊って観点じゃそれですむかもしれないけど、私が問題にしてるのはセックスに関して私の意見を聞こうとしないその態度の方だった。
怒っても、泣いても、誠二はあの天真爛漫な笑顔で私を抱きしめてこう云うの。
『だってが可愛いからさー。俺、が宇宙で一番好きー』
こんなチープな台詞で騙されてしまう私は宇宙一愚か者だ。
でももう限界だった。
愛情で目隠しするのも、もう限界だった。
魔法の言葉の魔力も枯れ始めたのだ。
避妊もない、好きって言葉以外に何の約束もない、こんな男に搾取されるほど惨めなことはない。
愛されてないことを認めるのは、愛してる分だけとても哀しかったけれど、捨てられる前にせめてあんたの魂胆は知ってたのよ、って顔がしたかった。
だからこっちから捨ててやった。
後悔はしてない。
でも。
ただ。
こうして画面の中の誠二を見ているだけの私が、どんどん空っぽの入れ物のような気分になっていくのはどうしてなんだろう?
ヒーローインタビューを受けている誠二。
顔も大好きだった。笑うとほんとにくしゃって、子どもみたいで可愛かった。
落ち着きがなくて、よくお菓子こぼしながら喰べてた。お風呂から出たら、いっつもコカコーラ飲んで。ほんとはお菓子もコーラもプロとしては良くないみたいなのに。
ゲーム機も何種類も買ってくるもんだから、テレビの前は線だらけ。掃除しづらいったらありゃしない。子どもと一緒になって新作ソフトを発売日前日に入手しては大喜び。
下らないことを聞いてきては私にねだった。
裸エプロンとか、ナース服とか、でかいプールのあるラブホ行ってみたいとか、ろくな友達いないったら。
耳掻きしてとか膝枕してとか一緒にお風呂入ろうとか。
可愛かったけど。
可愛かったし愛してたけど。
『次っすか?気が早いすねー、もうちょっと今の勝利の気分に浸らせてくださいよ』
『アハハ、まぁそういわずお願いします』
『ええー、うん、勝つだけです。負けることは嫌いです、失うだけですから』
鋭い挑むような目つき。
大画面の中の誠二は、私のよく知っている誠二じゃない。
私の知らない男。
もう私のものじゃない男。
駄目だ。
こんなの見るべきじゃなかった。
逃げるような勢いで足を動かす。
私は立ち止まった自分を怨んだ。
また、無駄なことをしてしまった。
咽喉が熱い。
馬鹿げてる。
もう終わったことなのに。
「っ…ひっ」
突然抱きしめられた、乱暴に。
ヒールがよろけて、相手の胸に身体を預ける羽目になった。頭上の荒い呼吸にぞっとした。
どこの痴漢だ、この野郎。
軽々しく私にさわんじゃねぇよ。
「放せ!」
私は腕を突っ張って男を引き剥がそうとした。
そして気付いてしまった。
のバカ!」
怒鳴られるより先に、私はそれが誠二だと解ってしまう。
顔でも声でもなく、回された腕のほくろの位置だけで解ってしまう自分が惨めに感じた。



「な……」
なんで
って云おうとして、私は強引に口を閉ざした。
そうじゃない、それじゃ駄目だ。
プロテクトを強化しなければ。
流されては、駄目だ。
私は唇を引き結び、誠二を睨みつけた。
誠二も私を抱きしめたまま、睨みつけてくる。
こんなに恐い顔は初めて目にしたかもしれない。いつも怒るのは私で、誠二はにこにこ怒られてただけだったから。
「何か用?取り合えず放してくれない?」
「何で勝手に居なくなったりするんだよ?」
「あなたが嫌になったから」
半拍も置かずに返してやると、一瞬誠二が怯んだ。
傷つけたかもしれない。ううん、傷つけた。可哀想なことをしてしまった。
でも私はもっと傷付いた。
誠二を傷つけることが辛い。
「場所、解んない?ここ往来なんだよね、みっともないから早く放してって云ってんだけど?」
今も行過ぎる人が下品な好奇心を剥き出しに通り過ぎていく。
サラリーマンの帰宅ラッシュには少し早いけど、もうすぐもっと人が増える。芸能人ではないけれど、同じくらい有名な誠二のこんな姿を長く人目に晒すわけにはいかない。
誠二の胸を突き放そうとするけれど、その拘束は弛まない。
「聞こえないの?警察呼ぶよ、変質者ですーって」
斬りつけた刃は何倍にもなって私に跳ね返る。
泣きたくなる。
あとどれぐらいこの人を傷つければここを立ち去ってくれるのか。

私の抵抗なんかあっさり無視して、誠二はより深く胸に抱き込む。
久しぶりの抱擁。誠二の匂い。
それだけですべてが挫けそうになる。
駄目なのに。
こんなの全部嘘なのに。
どうせ騙されるだけなのに。
「訳を云ってよ。悪いとこあったら、俺、治すよ。
コーラも止めたよ、お菓子もこぼさないようにしてる。気持悪いって云うから、納豆にマヨネーズ入れるのもちゃんと止めた。喰えって云うならほんのちょっとなら人参も我慢して喰う。風呂の水も出しっぱなしにしてない、入浴剤一遍に何個も混ぜるのも止めた。部屋の電気も全部点けるの直した、云われたとおり居る部屋だけ点けるようにした。の嫌がってたエロ本もエロビも捨てたよ、ゲームも試合の前日は遅くまでやってない、ソフトも出しっぱなしにしないでちゃんと片付けるようにした。
ねぇ、あと何を直せば帰ってきてくれるの?」

どうせ

私は宇宙一の大馬鹿者なんです。
嬉しくて窒息しそうで私は子どもみたいにわんわん泣いていた。




コンビニのビニル一杯分のティッシュを使って、やっと私は泣き止んだ。
今の自分の顔は恐くて見れない。化粧がぐちゃぐちゃ、顔は腫れぼったくて赤いだろうことは想像に難くない。
要するに百年の恋も冷めるほどのひっどいツラだ。
泣きに泣いて、漸く私はそのことに気付いたが、時すでに遅し。
最低。
「落ち着いた?」
誠二のくせに、子どもをあやすみたいな口調で私の顔を覗き込もうとする。
面倒を見てきたのはいつも私の方なのに。
大泣きした恥ずかしさと、その態度が気に喰わなくて私はふてくされて顔を背けた。
ガラス越しに巨大観覧車が見える。じゃ、お台場の傍か。
誠二は泣き出した私の肩を抱いて駐車場まで行き、自分の車に乗せた。
移動する車の中で、私は泣きながらこれまで鬱積してきた思いを全部ぶちまけた。
何の約束も貰えずにダッチワイフみたいに都合の良い存在として扱われたことでどれだけ傷付いたか。
泣きながら、喚き散らして訴えた。
誠二は黙って聞いていた。
見苦しい女だと思われたかもしれない。
オトナの女のフリをして、これまでいろいろ我慢して聞き分け良いフリしてきたから、騙されたって思ってるかもしれない。
もう嫌いになったって云うなら仕方ない。
どうせそんな風に振舞うのはもう無理だもの。
唇を噛みしめて、後悔を殺す。私は無理矢理そう思い込もうとする。
「ごめんね」
誠二が運転席から腕を伸ばして私を抱き寄せた。
また泣きそうになった。
だから口を開く。
「どうして?」
「え?」
「どうして私の居場所が判ったのよ?私口止めしといたはずなんだけど」
ああ、と誠二が笑った。私は横目でそれを盗み見る。
笑った顔、やっぱ可愛い。
「おきたら居ないじゃん?鍵が玄関に落ちてるしさ、ケータイのメモリ消えてるし。慌てて家行ったらもぬけの殻だろ?もうびっくりしてキャプテンに電話して、会社はどうだって云われて、そうだ、会社だ!って行ったら、お教え出来ません、の一点張り。
俺キレて暴れそうになったんだけど、渋沢キャプテン来てくれてさ、とにかく今は退けって云うからさ、家帰って」
おい。
ちょっと待て。
渋沢さんていまやアンタの最大のライバルチームの守護神だろが。キャプテンじゃないだろ、もう。電話するなよ。ああ憐れなり渋沢さん、まさか中学の後輩に延々迷惑をかけ続けられることになろうとは思ってもみなかったろうに……。
「んで、その後もキャプテンが交渉したりしてくれたんだけどさ、やっぱ駄目で」
そらそうでしょうよ。
うち、結構大きい会社なのよ。そんな簡単に社員の情報喋っちゃうような子置かないわよ。私転属先は必要な方にはこちらから連絡するので、ここに訊きにくるような部外者には教えないでくださいって釘刺してきたし。
「手詰まりで死にそうになってたら、そしたら三上先輩がんとこの受付嬢との合コンセッティングしてくれてさ。後は若菜と郭と、あとスガさんとか女の子の扱いうまい奴呼んで。結局スガさんの担当してた子が、総務の友達からの転属先と住所聞き出してくれたんだ。その連絡が来たのがついさっき」
ちょっと―――!!!
何してんのよ、ウチの受付嬢と総務の子は!
てゆうか誠二もそんな日本代表常連のスタープレイヤーばっかこんなアホなことに借り出すの止めなさいよ!
私は双方に呆れかえって思い切り深い溜息を吐く。
誠二がそれをどう取ったのか、もう一度「ごめんね」と囁いた。
不細工な顔を見せないよう俯いたまま、私は緩く首を振った。
考えてみれば誠二はてんで子どもだから。
別に私を玩んでるとかそういうつもりはちっともなかったのかもしれない。
全く私は平和に出来てる。
迎えに来てくれただけでもう都合よく物事を考え始めてる。
女なんかつくづく憐れな生き物だ。
「ごめんな、
またそう云って。
誠二が私を抱きしめる。誠二の抱擁は大抵力が強すぎていつも苦しかったんだけど。
「ごめん」
今は凄く優しく抱いてくれた。
目を閉じて、深く息を吸い込む。
きっと私はもうこれだけで満足だ。
例えこの先騙されることになっても、きっと許せる。
「もういいよ誠二……帰ろ、もう」
私は鈍く笑って誠二の胸を押した。
「よくないよ」
なのに誠二が私の両の二の腕を掴む。
さっきのテレビみたいな真剣な目で私の目を覗き込もうとする。
、全然いいって顔してないじゃんか。何そんなに諦めきった顔してるんだよ?」
これまで私の考えを見抜いてくれたことなんかなかったくせに。
どうして今日に限ってこんなにも鋭いのか。

図星だった。


許すことはできる。
愛すこともできる。



でも、もうきっと信じることは出来ない気がした。



これは誠二の所為じゃない。
私の弱さだ。
「嘘よ、そんな顔してないわ、帰りましょ、車出してよ」
、聴いて」
怯えたように顔を逸らす私の目を誠二はどうにか真正面から見ようとするけど。
私は訳もなく恐くて駄目だった。
業を煮やした誠二が再び私を抱きしめる。
、頼むから誤解しないで。
俺さ、自慢とかじゃなくて、モテたんだ。結構いっぱい女の子とも付き合った。当然、その子達とヤった」
誠二が多くの女の子とそういう関係だったろうことは容易く想像できていたことだけれど、こうして本人の口から聴かされるとやっぱり苦い気分になる。
どうしてわざわざそんな事聴かせるのか憎くたらしくなった。
「中には妊娠してないのに子どもが出来たから責任とってとか、わざと穴開いたコンドーム使わせようとした子もいた。
俺、サッカーが一番大事だったし、悪いけどその子達と結婚する気なんかなかったんだ。だから避妊に関して結構シビアでさ、絶対出来ないようにしてた。たまーについ生でしちゃってスッゲエびくびくしたりさ。
妊娠、結婚ってことになったらマジ、シャレんなんねーよって、それから生理きたか探り入れたりして、きたって云われてスゲェ安心したり。
だからさ、俺、のこと、どうでもいいと思って避妊しないんじゃないんだ」
そう云って誠二は私を胸に抱えたまま、ダッシュボードに手を伸ばした。
そして私を抱いたまま、背中で何かがさがさと包装紙を開くような音をさせる。
相変わらず苦い気分だったけれど。
それでも誠二が真剣に何かを伝えようとしてくれてる気持は伝わってきたから、私は大人しく話を聞いていた。
「逆なんだ。
どうでもよくていつでも別れていいやって思うような相手なら、絶対中だしなんかしない。別れられなくなるような口実与えない。
俺、が居なくなってから考えたんだ。
そういえばなんで相手だと避妊する気にならないのかなーって」
誠二が身体を少し放して、私の左手を取った。
俯いた私の顔を誠二が見てるのは解ったけれど、私は顔を上げて視線を合わせる気にはなれなくて。
誠二の握った自分の左手に目を向けていた。
「どうもとだったら子ども出来てもいいやって思ってるみたいなんだ、俺。
脳味噌がそう認識するより先に身体が行動起してた。つまりさ」
指に冷たい感触。
私は目を見開いた。
誠二がそんな私の目蓋にキスを落とす。
、俺と結婚しよ?」
硬直。
今なら南極で釘が打てそうなほど凍りついてしまったわ、驚きすぎて。
誠二が不安そうに眉を下げて私を見つめてる。
ああもう。
畜生、可愛いんだよ。
そうよ、どうせ私は誠二のこの顔に弱いのよ、この顔でお願いされるとついつい云う事きいちゃぅのよね、絶対無意識で確信犯だわ、ああ腹立つ。
私は長々と溜息を吐いた。
「ありがとう、でも」
「でも?」
さらに眉を下げた誠二が縋るように私の手を握ってくる。
私は誠二に捕われたその左手をやんわりと奪い返す。
誠二がこの世の終わりのような顔をする。
その鼻先に容赦なく私は左手を突きつけた。
厳しい事実だろうが云う事べき事は云う、というのが私のポリシーだ。
「私、薬指と人差し指は9号って云わなかったっけ?これ、11号?ゆるゆるなんだけど?おまけになんで薬指じゃなくて人差し指に指輪はめんの?ギャグ?」
「えっ!?」
一瞬ゴメンナサイって云われるかとビビっていた誠二の引き攣った頬が安堵に弛み、それから慌てて私の指に視線を注ぐ。
「だって女の子って男の小指ぐらいじゃないの?」
「よく見なさいよ、どう見たってアンタの小指より私の薬指のが細いでしょうが。人によるわよ、そんなの。どこでそんなガセネタ覚えてきたの?またエロ本?」
「チ、チガウよ!それに指輪!三上先輩に訊いたら薬指って云ってたぜ!」
「だからアンタが指輪嵌めたこれは人差し指でしょ?薬指はこっちでしょ?」
「ええっ!?」
「ええっじゃないわよ、バッカじゃないの、ほんと」
軽蔑しきったような冷たい口調で云ってやると、誠二はしばらくぽかんとして。
そして爆笑した。
私も大声で笑う。
それはもう、二人で大笑いした。車が揺れるほどで、傍から見たらカーセックスでもしてるのかと勘違いされたかもしれない。
「あはは、そうだよな、薬指ってこっちだよな……」
「そうよ、小学校一年の授業でやるわよ、この指なーにって。そっか、誠ちゃんは一年生以下なんでちゅね」
それからまた二人で軽く笑って。
キスをした。
……」
キスの合間に囁かれる名前が嬉しい。
もっと呼んで。
「…………」
左手の緩々の指輪が落ちないよう気を付けながら、私は誠二の頭を腕に抱え込んだ。
離れていた分のキスを与え合って。
私は絡めていた腕を解放した。
誠二の唇もキスのし過ぎで女の子みたいに紅い。
その様が可愛くて、珍しく真面目な顔してる様も可笑しくて、私は自然笑ってしまう。
誠二の方は至って真剣に私の頬に手を添えた。
、俺、返事きいてない」
「馬鹿ね……嫌ならキスさせてない」
「ダメ。ちゃんと云ってよ」
ああ、なんて可愛んだか。
わざとらしく大仰な溜息を吐く。
「仕方ないわね、一生面倒見てあげるわよ」
私は不敵に笑って。
「お兄さん、結婚してください」
運転席のシートに向かって誠二を押し倒した。