自分が加虐趣味だって自覚が在るかだって?
バッカじゃないの?在る訳無いだろそんなもの、辞書で意味引いてからモノ云えよ。僕って優しいからついついそういう馬鹿の戯言にも付き合っちゃうけど、はっきり云って迷惑なんだよね、お前と違って僕は暇じゃないんだから見当違いな憶測で時間を割かないでくれる?
………まったく。
バッカじゃないの。
別に僕はサディストなんかじゃないんだよ。
僕はただあいつの泣き顔が好きなだけなんだから。



    rosebud



ってすごい天才だよね」
平坦な声を咽喉から滑らせながら、俺はぱちぱちと拍手を送った。
それはまるで空き巣に荒らされたかのような惨状を呈す部屋に胡乱な調子で響いた。
「いやー、ほんと凄い。
汚れを取り除き綺麗にすることが凡人にとっては掃除するってことなんだけどさ、流石に天才はやることが違うね、汚れを増殖させた上に整理されていたものまで散らかすとはちょっと普通の人には真似できないよね、実に前衛的。
惜しむらくは凡人にはこのセンスが理解し難いって事なんだけど、そこに作者御本人様がいらっしゃることだし、この作品の出来上がった経緯を説明して頂ければ嬉しいな」
凍てつく視線を向けると、偉大なる前衛芸術家・はスカートをぎゅっと握って唇を引き結んだ。その足元にもボール磨き専用の雑巾が落ちてる。
「何とか云えよ、黙秘権は認めないぜ。
これだけの事をしたんだ、せめて弁明して見せろ」
が生意気にもきっと上目遣いで俺を睨みつけた。
良い根性じゃんか。
ふんって鼻で笑ってやると、が一文字に結んでいた唇を震わせながら口を開いた。
「あたしはただここが最近ちらかってきたから、片付けてあげようって思っただけだもん。汚くしてた翼たちが悪いんだよ」
「散らかしてたんじゃなくて、増えた備品の置き場がなくて仕方無しの措置だったとは考えなかったわけ?まぁそれは良いとしよう。
ところでここはサッカー部部室だよね、片付ける前にキャプテンである俺の承諾を得よう思わなかった?ま、それも良しとしようか。
でもさぁ、頼まれれてもいないくせに片付けるどころか状況を悪化させた挙句、それを棚に上げて俺たちが悪いとか開き直るのって非常識すぎない?頭悪すぎ、話にならないね」
吐き捨てると落ちていた雑誌を隅に向かって蹴り飛ばした。
ロッカーに当たって意外と大きな音を立てたものだから、がびくりと肩を揺らす。
「まぁまぁ、も悪気があったわけやないし、部室散らかってたんも事実やし、今更ちーっとばかし汚のうなっても気にせぇへんから大丈夫や、なっ!」
「そうそう、問題ない問題ない」
調子を合わせるサルと五。
その態度がまたムカツクんだよ、テメーら。
火に油を注ぐって言葉、知ってるか?
「お前らみたいな下賎な生き物はいいだろうけど、僕は我慢できないんだよ。もともと不潔で不衛生で出来ることなら出入りしたくないぐらいだったのに、さらに汚染されてみろ、気にならない訳があるか、冗談は顔だけにしろ、サル」
俺の声音に余計機嫌を損ねたことを悟って二匹は黙った。
援軍を失ったに視線を戻すと、歯を食いしばった厳しい表情で俺を凝視してる。今日はなかなか頑張るじゃん、いつもならとっくに泣いてるくせに。
マサキや五・六あたりは俺がわざとを泣かせて、しかもそれを喜んでいるのに薄々勘付いたようで、以前の非難がましい視線の代わりに最近じゃ呆れたようなツラで静観するようになった。
解ってないのは当事者とサルばかり、だ。
「………お、女の子のマネージャがいるだけでもマシなんだからね、バレー部とかハンドボール部には女子マネなんか居ないんだからね」
「野球部と男バスには女のマネージャが居るぜ、きちんと仕事の出来るな。大体男だろうと女だろうと仕事をきっちりこなさなきゃならない事に代わりは無いだろうが?それとも何?女だったら仕事が出来なくてもそれを補って有り余るメリットが在るワケ?男女平等が叫ばれて等しい近代でそんなものがあるとは知らなかったよ」
の瞳がいよいよ濡れて揺らめき始める。
溢れそうになる雫が決壊しないよう必死で瞬きを堪えて、俺を睨み続けながらおもむろに髪に手を伸ばす。
後頭部の高いところで一つに纏められている髪。馬鹿でかい飴玉みたいな飾りのついた結び目をサクラ貝のような爪がするりとほどいた。
束縛を解かれた、つやつやと健康的な髪がの頬を一斉に彩る。
虚を衝かれて反応の出来ない俺にが云い放つ。
「いろけ」
思いもよらなすぎて意味の咀嚼に半拍を要する。
脳内で漢字と意味の処理が完了するやいなや俺は我慢できずにふきだした。 
それはもう、一頻腹の捩れるほど笑った。
立っていられずにロッカーに凭れたほどだ。
「ああ、おっかし…………はは、お前マジでそれ云ってんの?髪おろしたぐらいで色気が出るんなら、世の中には売れ残りの女なんて居ないんだよ」
笑いすぎて湧いた涙を拭いながら俺が云い終わるのと、じっというファスナーの音はほぼ同時だった。
「じゃあ翼がこれはいて女の子のカッコでもすればいいでしょ!」
ばさっと投げ付けられた布を、空中で横に薙ぎ払うようにキャッチする。一瞬の遮断の後に現れた光景に俺は心底呆れた。
そもそも会話が噛み合っていないだろ、何でそうなるんだよ?
はいていた制服のスカートを俺に投げ付けた為に、はブラウスだけの姿で泣き出していた。程好く細く、程好く太い白い脚が付け根から惜しげもなくむき出しになっている。長さといい形といい誠に鑑賞に堪え得る脚をしてるんだよね、実はって。
確かに目を奪われたが、俺はすぐにその誘惑を断ち切った。
五・六は感心にも主の女の痴態から目を背けていた。だが、サルは今にも喰らいつきそうな目での美脚をロックオンしてやがる。
俺は手近にあった物をその下品な間抜けヅラ目掛けて投げ付けた。どうやらストップウオッチだったらしく、ぐあっとサルが仰け反った。ざまぁみろ。
「翼」
マサキが俺のロッカーからハーフコートを取り出して投げて寄越す。
俺は溜息を吐いてそれを受け取った。
喚くサルを引き摺ってマサキと五・六は部室を出て行く。ドアが閉まってサルの耳障りな声が遠ざかっていくと、の細い泣き声だけが部屋に響いた。
ゴミの散った床に見事な脚を投げ出して、は両手で顔を覆っている。その肩にコートを掛けてやると、びくりと一際大きく肩が嗚咽に揺れた。

俺は他の奴らには聴かせられない声で名を呼んで、その髪を撫でてやった。

そうやって根気よく髪を梳いてやっていると、の嗚咽が段々治まってくる。
俺はには気付かれないように安堵の息を吐き出した。
長い髪の一房を指に巻きつけ、甘く引いてみる。
「お前さぁ、色気ってそもそもどんなもんか解ってんの?」
そう囁くと、丸めて押し当てていたてのひらから漸くが顔を上げた。
やっと俺の大好きな綺麗な泣き顔が拝めた。
例えるなら飢えが満たされるようなものだ。
自然、俺の口元には笑みが浮かび、反比例してのきつく顰められていた眉が緩む。
は俺の質問にひとつ瞬きをして、ろくに考えもせずに口を開いた。
「色っぽいってこと」
アホか。
右の眦から最後の一滴が瞬きによって押し出され、滑らかなカーブを滑り落ちていく。
赤らんだ目元は天然の化粧、涙は原始的な宝石。
薄汚れた床との対比で透き通るような白さの脚。
俺って詩人だよなぁ、聖人君子じゃないけど。
顎に達した涙を俺は指で受け止めて、そのままの顔を上向かせる。
「男がその気になるんだよ」
「それっていつなるもの?」
「今」
俺は唇を奪った。
軽く触れただけで、すぐに離れてその顔を覗き込む。
は涙の名残に潤んだ大きな目を見開いて呆然としていた。
「目ぐらい閉じろよ」
苦笑しつつ俺は再び頬を傾けた。
今度はの身体が強張って後ろに逃げようとする。もちろん俺は逃がさないけどさ。
唇を捕え、口付けの合間に髪をまた撫でてやると、すぐには大人しくなった。リップクリームくらいはきちんと塗ってるのか、なめらかな唇をしていて満足だった。しばらく俺はそのやわらかさを味わって堪能した。
が、次の瞬間、大人しく身を預けていたがばっと身を俺から引き剥がした。
「なっ、なんで舌なんか入れてくるの!?」
…………最高に色っぽい反応をありがとう。
山田詠美とか江國香織とはいわないから、せめてコバルト文庫でも読んでもう少し情緒のある日本語を学んでくれ。
質問は無視して、俺は溜息を吐いて立ち上がった。
、ミルキー喰ったろ?俺、ああいう安っぽい味嫌いなんだよね。せめてハーシーとかキャドバリーのチョコにしてくれない?」
「つ、翼みたいにお金持ちじゃないもん、そんなの買えないもん!」
が真っ赤な顔で反論してくる。
ああ、こういう顔も可愛いかもね。
「別に普通だろ?ゴディバやデメルにしろって云ってる訳じゃないし。ハーシーならスーパーで売ってるぜ?まぁ、でも」
俺は未だ座り込んだままのに腰を曲げて顔を寄せた。が僅かに怯えたように、ハーフコートを両手で掻き抱く。
俺はそれがどういう効果を生むか理解した上で、わざと意地悪くにやりと笑って見せた。
「価格以外には異存が無いわけだ、俺とキスする前にチョコ喰うってことに」
迂闊な発言を今更後悔したって遅いんだよ。
の眉がまた泣きそうに歪む。
ああ、当分これで楽しめそうだ。

俺はもう一度にやりと笑った。