だから此処に隠れたのだ。
『どの部屋でも出入り自由』というルールの中でなお精神的な障壁のために入室が躊躇われる、唯一の例外であるこの部屋に。
けれど今この部屋には自分以外の何者かが居る。
泣きたい。
此処なら安全だと思ったのに。
『そいつ』はまっすぐに部屋の一角に向かい、何やら探し物をしていたのに今はその動きを止めてしまっている。
こっちを見ている気がする。
床を踏む音。
影が差し掛かる。
は声を殺して泣き出した。
「……か。何をそんなに怯えてるんだ?」
「…………しぶさわせんぱい」
は机の下を覗き込む優しい先輩の顔に、安心しすぎて余計に涙を零した。




               楽園をください



はとても楽しみにしていたのだ。
この『武蔵森サッカー部・納涼松葉寮踊る大捜索大会』を。
詰まる所要するにただの『かくれんぼ』なのだが、サッカー部で、そして松葉寮内限定でやろうという趣向のものだ。
夏休みに入ってもサッカー部は休暇どころか、より朝から晩までの練習漬けの毎日がひたすら繰り返され続けた。それに耐え忍んだ褒美に許可されたお遊び企画だ。
マネージャーといえども女子であるは表向き寮内には出入り厳禁で、備品の運び入れ等で数度中に入ったことがあるだけ。だから『制限時間二時間内はどの部屋でも出入り自由』という夢のようなルールを利用して、普段は天領のごとく許されない区域をせいぜい楽しもうと思っていた。
それなのに。
まだ鬼の捜索開始三十分前、隠れ場所を探して間もない頃。
こそこそ隠れ先を探していたは、二軍の子達の声にうきうきとした気分で隠れてみた。別に彼らは鬼ではないのだけれど、予行練習みたいなものだ。彼らはに気付く様子も無く、だらだら話し続けてる。隠れているから何をしているかは見えないけれど、きっときょろきょろしているに違いない。はしししとひとりご満悦だった。
それを聴くまでは。
『でも天野もついてねーよなー。自分で企画して、自分で鬼になってんだもん』
『見た?みんなチョキだったのに、アイツ一人パーで、その瞬間、もうこの世の終わりみてーな顔してんの、スゲー笑ったよ、俺』
『だって、アイツこの企画だってほんとはをどうにかするつもりで立てたんだろ?みんな自分のことで必死になってる隙に、いい隠れ場所教えてやるよ、とか云って、ヤベーことするつもりだったんじゃねーの?』
『マジ?アイツ狙い?』
『そうだよ、でも、藤代とかとのが仲良いし、こういうことでもなきゃ二軍の天野が接近できないじゃん』
『そんならまったくの無駄足だったな、この企画。鬼じゃどうにもできねーべ』
『いや、逆じゃねー?鬼のが見つけてそのままって』
、ピーンチ』
『どうするよ、終わった時、がぼろぼろにされてたら』
無神経な笑い声。
冗談だから彼らは笑ってるに違いない。
けれど。
彼らはここに隠れるのは無理と判断したのか、そのままそこを去っていった。
一気にしぼんでしまった期待と入れ替わりに膨れ上がる不安に、はぶるりと身を振るわせた。
だから此処に隠れたのだ。
『どの部屋でも出入り自由』というルールの中でなお、精神的な障壁のために入室が躊躇われる、唯一の例外であるこの部屋に。


「そうか……」
目を擦ろうとするを制止して、渋沢はタオルで眦から頬にかけてを優しく拭ってやる。
多かれ少なかれ女の泣き顔というのはどこかそそるものだ、と渋沢は思っていた。だがそんな渋沢の目から見てもの泣き方は女というよりまったく子供の泣き方で、自然その対応も幼子に対するようなもになる。
「大丈夫だよ、。俺がそんなことはさせないよ。あとでちゃんと天野には云って置くから」
「ほ、とです、か?」
ずび、と洟を啜りあげたので渋沢はティッシュを引き寄せた。数枚引き抜いての鼻にあててやり、そのままちーんと洟をかませてやる。
すん、と鼻を鳴らしたにゆったりと微笑みかけた。
「俺がに嘘を吐いたことがあるか?」
が黙って首を振る。
「だろ?」
だから、もう泣くな。
そう云って頭を撫でてやると、やっとが笑う。
その笑顔に、渋沢も何だか嬉しくなる。
「それにしても……自分の下心の為にサッカー部を利用するとはいい度胸だな」
ふっと呟く。だがそう呟いた自分をが不思議そうに見ているから、渋沢は唇に笑みを戻した。
「いや、が気にすることじゃないよ」
「あの…勝手にお部屋に入ってごめんなさい。でもここなら誰にも見つからないと思って、他にいい場所思いつかなくて…」
云ってる内にまたみるみる瞳が潤んでくる。
そう。
『どの部屋でも出入り自由』と云われても、おそらく部員なら決して無断で入ることが出来ないだろう部屋。
『守護神・渋沢克朗』と『司令塔・三上亮』の部屋。
「馬鹿だな。どこでも入っていいルールなんだから、俺たちの部屋に入ったって謝ることじゃないよ」
もう一度タオルで拭ってやる。タオルを濡らしてきたいが、時計を見るともう鬼が探し始めている時間になっていた。
「あと二時間、ここに俺と居るか?」
がこくんと首を垂れたが、躊躇うようにおずおずと切り出す。
「嬉しいですけど、渋沢先輩が隠れられないですよ?いいんですか?」
「生憎この身体じゃいい隠れ場所が無くてな。藤代ぐらいのサイズならまだ天井と箪笥の隙間に隠れることとか可能だろうけど」
「藤代、そんなとこ隠れてるんですか二時間も!?」
「ああ、だって俺が上げるの手伝ってやったんだからな。天野が時間内に見つけられなかったら好きなもの奢るって云ったから、真剣だよ、皆」
「え、じゃ、先輩も」
「俺は良いんだよ、藤代が勝ったら豆大福をひとつ貰う約束だから。ここで寝てるか本でも読んでようかって思ってたんだから」
じゃあ、お願いします、とが頭を下げる。まだ全然仕草は子供なくせに、礼儀だけはしっかりしてるのだ。学年が違うから普段部活以外で顔をあわせることは殆どないのだが、渋沢はのそういうところが気に入っていた。
しばらくはふたりで黙ってサッカー雑誌を繰っていた。
テレビもあるが防音完備がされてるいわけではないので、音が漏れる。一応かくれんぼという趣向上、まったく隠れてはいなくとも、自ら居場所を教えるようなやる気のない真似はキャプテンがするわけにはいかないだろう。
だから無難に雑誌を眺めてたのだが、すぐにの首が揺れ始めた。ふらふらと肩までも揺らしてる様は見ていて危なっかしい。
余りに幼い仕草が微笑ましくて、渋沢の頬に笑みが浮かぶ。
、眠いなら俺のベッドで寝ていいんだぞ?」
「ええっ、そんなことできません!」
閉じていた目をぱかっと開けて、大仰に首と手を振る。
「これ以上ご迷惑は駄目ですよぅ!」
「大きな声を出すと気付かれるぞ」
がはっと口を噤む。
「俺は構わないよ。最もが俺の使ってる寝具じゃ寝れないっていうなら無理強いはしないけどな」
「メッソーもないです!」
力いっぱい否定してから、は我に返って紅くなった。反省したのか内緒話をするように口元に手をあてる。
「あの、ほんとにいいんですか?」
「いいよ、俺はこうして番をしてるから、安心して寝ていいよ」
「えっと…じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」
えへへ、っと笑っては渋沢のベッドに向かう。教えたわけじゃないが三上のものと間違わなかった。布団が捲れたままで枕もとにMDウォークマンとサッカー雑誌があるベッド、枕もとには目覚ましがあるだけの皺ひとつなくベッドメイクされたベッド。躊躇わずに後者のベッドに潜り込む。
が横になってしまうと、渋沢も気が抜けてきて眠くなってきた。には寝るか読むかしようと思ってたと云ったが、本当は寝ているつもりだったのだ。
連日の部活に加え、渋沢には監督とのミーティングという仕事もある。これが意外と長い。当然その他にやることもやりたいことも在るから、そうなると削られていくのは睡眠時間だ。今日のこのイベントを見越して、昨日ずるずる読書を止めることが出来なかったのが仇になった。
噛み殺しきれずに欠伸が出た。
「………渋沢先輩」
「何だ、寝てなかったのか」
振り返ると、渋沢のベッドでが半身を起こしていた。
「あの、ほんとは先輩も眠いんじゃありませんか?ベッド使ってください」
ほんとに。
子供なくせにこういうところは変に聡いから面白い。
渋沢は目を細めて微笑む。
「俺は大丈夫だよ。いいから、眠りなさい」
は渋沢の笑顔に一瞬黙って何事か考えて、意を決したように顔を上げた。
「あの、じゃあ、一緒にお昼寝してくれませんか?あの、渋沢先輩があたしとなんか眠れるわけ無いっていうのも解ってますけど、でも、その」
無意識でやってるのか、さっき自分が使ったのと同じやり口で譲歩してくる。
スポンジのように学習してるのかもしれない、子供は素直だから。
しどろもどろに言葉を紡ぐに、渋沢はほんの少し苦笑を浮かべる。
「いいのか、一応俺も男だぞ?」
「だって、渋沢先輩があたしなんか相手にするわけないですもん」
は、『なんか』なんかじゃないよ」
十分に可愛いよ。
そう続けようとして、止めた。
笑っていたの顔が曇ったからだ。照れたように笑っていたのに、その先を聴くのを厭うように不安げに眉を下げて自分を見上げたから。
それを云っては駄目だ、という理由のない直感が反射的に別の言葉を口に乗せていた。
「いい子だよ」
渋沢は屈んでと目線を合わせてそう云った。
はいい子だよ。文句も云わずに汚いユニフォームを洗って、面倒臭い買出しをして、部誌を毎日つけて。俺たちは自分の為にやってることだけど、お前は俺たちのために頑張ってくれる。
はほんとにいい子だよ」
だから、なんかじゃないよ。
そう云ってぽんぽんと頭を撫でてやる。
するとはもう、それはそれは可愛らしく微笑んだ。
誇らしげに嬉しくてしょうがないといったふうに。
思わず見惚れて、それからにそういう顔をさせることが出来たことが、また渋沢を嬉しくさせた。
「じゃあ、お言葉に甘えて一緒に昼寝させてもらおうかな」
その言葉にさらに笑顔では首を縦に振る。
が奥につめて、渋沢がその空いたスペースに横になる。
ぎしぎしとベッドが軋む音は渋沢に性行為を連想させたが、その手の欲望はまったくというほど今は形を潜めている。
に枕を貸してやり、自分の腕を枕にする。さすがに一緒にタオルケットに入るのはまずい気がしたので、渋沢はタオルケットの上に寝転がっている。
成り行きで向かい合わせになるようになっていたが、それを気まずいとも感じたりはしなかった。
今の移動の所為で捲れてしまったタオルケットを掛け直してやると、が悪戯を思いついたように小さく笑う。
「渋沢先輩、お父さんみたい」
渋沢も身に染み付いた頼りがいのあると評される笑顔に、さらに砂糖を混ぜたような甘さを滲ませる。
不本意ながら中学生ですでにそう何度か云われた事のある渋沢は、云われるたびに顔では笑っているものの、腹の底ではガゼルパンチでもお見舞いしたろか、と思っていたものだ。だが、不思議と今は嫌な気はしなかった。
自分に対するなりの賛辞だと素直に受け止められた。
「俺も子を持つならみたいに素直で可愛い娘が欲しいな。間違っても三上みたいに扱いの難しい、可愛げのない息子は嫌だな」
そう云うとは、小さなてのひらで口元を隠すようにくすくすと肩を揺らす。渋沢がその所為で零れた髪を元に戻して撫で付けてやると、今度は気持良さそうに目を細める。
「藤代は?素直ですよ、馬鹿だけど」
「微妙だな。素直で扱いやすそうに見えて、変なところで頑固なんだ。俺からゴール獲るって云った日は、練習終了って云ってもあと一本だけあと一本だけってしつこいし、いくら云っても人参は喰わないし」
「じゃ、笠井は?煩くはないし、云われたことも守りますよ」
「あいつも三上とはまた違った意味で扱いづらくもあるぞ。何を考えているのか解らんところがあるからな、それに実力があるから下手なことを云っちゃいかんと思うし、気を使う」
「辰巳先輩は?あの人なら信頼できるし、我侭云う人じゃないですよね」
「辰巳か…性格に問題は無いが、息子に見下ろされるのはあまり嬉しくないな」
「えーと、間宮」
「問題外だろ」
が堪え切れないように、小さな手で顔を覆って必死で笑いを殺そうとする。
艶々とした髪を撫でながら、可愛いな可愛いな、と何度も渋沢は思う。
抱きたいとか下半身に来る愛情じゃない。
小動物を愛玩するような気持ちとも違う。

この愛しさをなんと呼べばいいのだろう。

「オイ」
どこ、と背中を蹴られて渋沢は目を覚ました。
何時の間にか寝ていたらしい。
「……三上。何故手を使わずに足を使うんだ?俺はお前に対してこんな失礼な起こし方などしたこと無いだろう?」
ゆっくりとベッドに半身を起こす。未だくうくうと眠っているを確認してから三上を見上げると、けっと云いたげな表情をしている。まったく反省した素振りは無い。
「人には女連れ込むなって云うくせに、自分が連れこんでるような奴に丁寧な起こし方なんかしてやるかよ。しかも部のイベントの時に。キャプテンのやることかよ、それが」
「俺に禁止されたことを俺が破ったことに腹を立てているのか?それとも部員として俺の行動を責めているのか?」
「両方だよ、この公私混同ヤロー」
「謝罪もするが弁明もさせてくれ。あとで話がある、企画者について詳しい話を聴きたい。もう夕食か?」
「企画者って天野のことか?もうすぐメシだぜ、特別にの分もあるらしい。あと俺とお前との勝ちって事で天野がウニとダッツと豆大福を泣きながら買いに行ってるけど、はともかく、お前は権利剥奪な。誰も入れなかったここに入ったには権利あるけど、お前は自室で引きこもってただけだもん」
「構わないよ。藤代にでもやってくれ、健闘賞ということで」
さて、と呟くと渋沢は優しくの肩を揺り動かした。
、ゲームは終わったぞ、夕食だよ。ご飯食べるだろう?」
はなかなか目を覚まさない。根気よく渋沢が語りかけてやると何とか瞳を開ける。ゆっくりと何度かぱちぱちと瞬きを繰り返して、やっとの目が渋沢を捕えた。
。ご飯だよ、食べるだろ?」
もう一度繰り返すと、のろのろと起き上がる。
「うん、たーべーるー…」
「よし、じゃあ、食堂に行こうな?」
頷くというよりが、がくん、と顎を落とす。渋沢が乱れた髪を手櫛で整えてやる。手を差し出すとごく自然に、当たり前みたいにがその手を取る。
「ほら、ちゃんと起きないと危ないよ」
は妙にふらふらした足取りで、それでも渋沢に手を引かれて部屋を出て行った。
あの礼儀正しいが三上に挨拶することもなく出て行ったので、本当にまだ寝ぼけている可能性がある。相当に寝起きが悪いのかもしれない。
三上は渋沢の甘い態度を初めはニヤニヤして見ていた。だが、途中から眉が段々と不審げに歪み、二人の消えた部屋に一人残った今では完全に『腑に落ちない』といった表情を浮かべていた。
何か、変だ。
部屋の中央で名探偵が犯人を推理でもしているかのごとく、顎に手を当て、知性と意志の強さを感じさせる眉を悩ましげに顰める。
初めはそういうことか、と思った。この野郎、と思ったがここでこの時間にマネージャーを口説いてたという事実を押さえたのだ、『貸し』としては十分すぎるネタを掴んだことに喜びさえ感じていた。
だがどうだろう。
アレは恋人の仕草だったか?
違う、自分はもっとあれにぴったりとくる言葉を知っているはずだ。
三上は自分の頭の中の辞書を猛スピードで検索し始めた。
一方、三上を懊悩させているとも知らず、食堂に向かっている渋沢とは、今度は廊下ですれ違う部員たちをその餌食にしていた。
制限時間が終了したあとも姿を現さなかった二人を探していた部員たちは、二人を見つけると声をかけようとして、次に繋がれた手に気付いて一様に声を失った。
「し(ぶさわせんぱい、どこにかくれていたんですか)」
「き(ゃぷてん、ゆうしょうですよ、さすがだなぁ)」
し、き、あ、ど等の単語を発音しただけで口を開けたまま黙り込む部員たちに、渋沢は「夕食だぞ、遅れるなよ」などと声をかけては爽やかに横を通り過ぎて行く。
その気負ったところの無いさりげなさに皆「見間違いか!?」とその背を振り返るが、やはりしっかりとキャプテンとマネージャーの手は繋がれている。しかもふらふらとした足取りのに渋沢が時折気遣うような言葉をかける。
アンタらいったい何があったんじゃあ!という言葉が激しく部員たちの心に響き渡る。
だが当たり前のような渋沢の態度に経緯を尋ねるも出来ず、二人の通りすぎた後には部員たちの呆然と立ち竦んでいく姿が累々と築かれていく。
だが何事においても例外というものは存在するものだ。
「キャプテン、おめでとうっす!俺は無理だとか云っといて優勝するんだもんな〜、ズルいっすよ、あれ、なんで手なんかつないでるンすか?」
あはは、と笑い飛ばす藤代誠二を渋沢の肩越しに皆ある種の賞賛を込めて眺めた。
馬鹿とは時として偉大だ、と。
「俺は賞品は辞退するよ。代わりに健闘賞としてお前が受け取るといい」
「マジっすか!イエー、キャプテン最高!あ、そうそう、なー、
その瞬間、その場に居た人間は鋭い殺気を感じたという。
やはりただ一人を除いては。
まったく意に介さずに藤代が黙っているの頭をぱしぱし叩く。
「お前の分の賞品さー、ハーゲンダッツのバナナストロベリーとマロングラッセとドルセデレチェの箱のヤツって云っといたぞ。なーなー一個くれよー、どれでもいいからさー」
「藤代」
その声にから渋沢に視線を戻す。
渋沢はとてもにこやかに笑っていた。
は俺たちのサッカーを支えてくれてる大事なマネージャーだぞ。呼び捨てじゃなく、ちゃんと『さん』と呼ばなきゃ駄目だろう?それに女の子を冗談でも叩くもんじゃないぞ」
さん?」
「そうだ」
鷹揚に頷く渋沢の二の腕に突然何かがごち、とぶつかってきた。の額だ。
腕を貸したまま渋沢が覗き込むと、大きな瞳は半分ほど目蓋が落ちてしまっている。
渋沢に合わせて一緒に立ち止まっていたの首は、後ろから見るとだんだんゆらゆらと揺れ始めていた。それがついに藤代に叩かれたことで安定を失ったらしい。
甘く苦笑しつつ、渋沢がその崩れそうな身体を支えてやる。
「ほら、、立ったまま寝たら危ないぞ。食堂に行けばプリンあるから、それまで頑張れ」
「ぷりん?」
ぱち、っとの目が開いた。
「プリン、渋沢先輩が作ったやつですか?」
「ああ、そうだよ。藤代と三上に作ったやつだけど、喰べて良いよ。喰べられるのなら俺と笠井の分もある」
「わーい、プリーン、プリーン!」
がバンザイをすると、一緒に渋沢の腕も持ち上がった。最も身長差があるので渋沢はバンザイというより肘を曲げただけだったが。
二人は食堂に仲良く去っていく。
らしくもなく自分の獲物が奪われるのが予告されたというのに、それを阻止しようとせず、ただ見送るなどいうことをした藤代は、きょとんとした口調で一言云った。
「何アレ?」
自分を振り返った藤代が指差している二人は相変わらず手を繋いだままだ。
「………………………………娘を溺愛する父親とファザコン娘って感じ?」
笠井は熟考の末、三上が出したのと同じ結論を下したのであった。