制服は鎧だ。


 観月はじめはカップに手を伸ばした。
 かぐわしい香りに満足感を覚えながら、の声に耳を傾ける。
 テーブルの上には紅茶とケーキ、そして広げられた参考書とノート。は会話の途中で時折参考書を捲ったりノートの上に指を這わせたりする。理由をわざわざ尋ねたことはないが、制服着用時のみの行動なので家庭教師と生徒を演出しているつもりなのだろう。けれど、それらはともすれば忘れられがちだ。不意に見せるはっとしたような表情とわざとらしい仕草につい口元が緩む。そんな観月に気付くと、は恥ずかしそうに俯いた。
「続きは? それでどうなったんですか」
 促すとは嬉しそうに淡い桜色をした唇を綻ばせた。今日は何も塗っていない。私服のときに艶々と彩られた唇より今のような無垢な状態を好ましいと観月は思っていたが、その行為が自分と少しでもつりあうようになりたいという、いわば観月の為のものだということを知っているのでその事実を口にしたことはない。再び紡がれていく他愛のない話に本当は興味などないくせに、語られる情報をひらすら機械的に蓄積していく。
 まだ口を付けられていないのフレーバーティーはおそらくすっかり冷めている。でも、猫舌の彼女にはそれでちょうどいいのかもしれない。どうでもいい話に夢中になってせっかくの紅茶を台無しにするなんて真似は、昔の自分ならきっと眉を顰めていたに違いない。
 自分が変わったのだろうか。
 否、変わってなどいない。
 興味もないどうでもいい話に相槌を打つのは、彼女の周囲に変化がないかを推し量る為。自分の手の届かない箱庭で暮らす彼女の生活を、彼女の語る言葉によって頭蓋骨の中で再構築している。そうやって擬似空間の中での姿を想像して、の日常を支配しているような気分に浸って安堵するのだ。
「はじめさんはどう思います?」
「いいんじゃないですか。きっと素敵な思い出になりますよ」
 が無意識に肩から力を抜くのが分かった。細められた大きな瞳は安堵を意味している。彼女の辞書には隠し事なんて項目はなくて、しかもいつの間にかこうして観月に行動の是非に関するお伺いをたてることが当たり前になってしまっていることに何の疑いも持っていない。
「よかった。はじめさんならそう云ってくれるって思ってました」
 がすっかり冷めてしまったティーカップを両手で包んで持ち上げる。観月はの微笑が伝染したみたいに唇を笑みの形に歪ませた。
 本当に、やっていることは何も変わっていない。手口が巧妙になった分、むしろより質が悪くなった。
 女の好みも変わっていない。煩い女が嫌いで、馬鹿な女が嫌いで、自己主張の激しい女が嫌いで、そのはずなのに馬鹿みたいに従順で盲目的に自分を愛してときにはその重みに耐え切れず泣き叫ぶ女ばかり好きになる。
 成長するということは困難だ。時が経てばイコール成長ということにはならない。むしろ自分の愚かさばかり浮き彫りになってくる。
 二十八歳の自分と十六歳の
 自分たちは周囲にどう映っているのだろう。気にならないといえば嘘になるが、観月は強いて考えないように努めていた。
 自分がそれを纏っていたときにはそんなこと考えもしなかったのに、制服姿のを見る度に制服は卑猥だなと思う。均質化を目的としているはずなのに、逆説的に制服はその存在を浮かび上がらせる。制服を脱いだ者が失っていく、純潔な精神をまだ彼らは保っているのだと声高に主張している。
 と付き合い始めて二ヶ月と少し。
 といるとサディストだと思っていたのにもしかして自分はマゾへと宗旨換えしたのかと疑いたくなる。
 観月はを穢したいのか清らかなまま護りたいのか、未だに自分自身の欲望を図りかねていた。
 
 この日も観月は触れるだけのキスをしてと別れた。