女子高生とは止まったら死んでしまう生物らしい。

緒方にはそうとしか思えなかった。
いや、そうに違いないと思う。
それぐらいはくるくると目覚ましく動く。
今もシフォンのスカートの裾を熱帯魚の尾ひれのように揺らめかせて動き回っている。
「先生!先生、これ見て、すごいカワイイ!」
どうして女は男にしてみればどうでもいいような些事にここまで熱意を持って取り組めるのだろう。ケトルなんて湯が沸けばいいし、鍋なんかそこらのホームセンターで適当に買えばいいのに。
そう思いつつ緒方はゆっくりとに近付いて行く。
「それが気に入ったのか?」
だがの手元に視線を向けつつ、緒方が口にしたのは別の台詞だった。経験上、このようなケースで正直に本音を語ったら相手が怒りだすのを知っている。
「ダメ。可愛いけどちっちゃい。あと取っ手がこの位置じゃレンジにかけてる間に熱くなって危ない。火傷しちゃうもの、だから可愛いけどダメ」
そう云って白地に赤がアクセントになっていた、グリム童話にでも出てきそうな鍋を元の場所に戻す。それからきょろきょろと辺りを見回すと次の獲物を見つけて瞳を細め、踊るような足取りで再び移動していく。
たいして苦くもない溜息を吐くと、仕方ないという風にの後を追う。
車の中には既に結構な量の台所用品が積んである。
緒方には自炊するような甲斐性はなく(この場合出来ないのではなくやらないというのが正解)、台所にある調理器具といえばケトルにミルクパン、フライパンぐらいだった。それを見た瞬間は大袈裟に天井を仰いだ。外食ばかりじゃ身体を壊すなんて説教は聞き飽きている。今まで何度も聞き流してきたが今回ばかりはそうは行かなかった。
基本的な調理器具を半ば強引に買い足さされ、それからろくに置いてなかった食器も同じく買わされた。だがそれら食器類は緒方一人分ではない、二人分だった。
何故なら。
「先生、これどう、どう!?」
「ああそれにしよう」
「うわあ先生ヤル気ないでしょ?」
あの事件の翌日、緒方がまず最初にやらなければならなかったこと。
それは合鍵をひとつ作ることだったのだから。






          
≪05 C≫








「………あ…」
唇を離すと、が溶けたような目をして緒方を見上げた。
そろそろ本当に「こんなこと」をしている場合ではない。
を腕に抱いたまま、緒方は振り返った。後方の民家からはやっと何事かとこちらを窺う人影がぼちぼちと現れ始めている。
その中の一人、最も距離が近かった坊主と見紛う程綺麗な禿頭の老人に緒方は声をかけた。
「すみませんが警察に電話をして頂けますか」
「はあっ!?何があったんだぁ!?」
老人が落ちそうなぐらい目を丸くする。
そのあまりの驚きぶりに緒方は脳梗塞で死ぬんじゃないだろうな、と不謹慎なことを思う。ある老人の影響で緒方は老人に対する敬愛の念が非常に薄い。
「婦女暴行未遂とそれから傷害未遂です。警察をお願いします」
自分の上着をの肩にかけてやりながら、いいから早くしろという苛立ちを堪えて緒方は慇懃無礼な口調で老人に電話の催促をする。できれば櫻田が目を覚ます前に来て欲しい。携帯があればさっさと自分でかけるのだが、生憎車だ。
緒方の刺の在る視線を受けても尚棒を飲んだように立ち尽くしていた老人の口がぱかりと唐突に開く。
「…たっ……たいへんだあ!警察ぅ、警察を呼べぇ!」
反応の鈍さの反動か、老人とは思えない大声だった。
感情というものは時に空気中を伝播する。
まさに老人のその一言で現場は上へ下への大騒ぎとなった。
殺人事件、という見当違いの単語まで聞こえてくる。それでは倒れてる櫻田が被害者で緒方の方が加害者になってしまうではないか。
緒方は溜息を吐いた。
馬鹿らしい。
張り詰めていた糸は老人よって一刀両断されてしまった。
、大丈夫か?」
緒方の呼びかけには一瞬物凄くびっくりした顔をして、それから照れたようにそっと笑って頷いた。
「そうか…………まったく……あのジジイめ、この状況をどう収拾つけるんだ?」
今の会話の合間にも確実に騒ぎは現在進行形で拡大している。やらなくていいのに、老人が近所中に触れ回っていく所為だ。
おかげでわざわざ100メートル先からやってくる者まで居た。それでも通報だけはきちんとしてくれたようで、ほどなく赤色の回転灯を付けた車がやってきた。これでもし老人が通報を忘れていたとしたら今度は緒方が傷害の現行犯で逮捕されることになりかねない。
路肩に停車したパトカーに凭れ煙草を吹かしながら、緒方は全く暇なものだと呆れた面持ちで人垣を眺めていた。
暇人め。
しばらく井戸端会議の話題には困らないことだろう。
あっちはあっちで不躾な視線を向けてくるし、緒方も遠慮することなくじろじろ物好きな人間の顔を眺めていた。
警官の質問にはが答えていたので暇だったのだ。
の顔色はまだ少し悪いままだったが、それでも凛と背筋を伸ばしてはきはきと受け答えをしている。既視感を覚えるほど、その様はこの前と似通っている。
だがただひとつ。
この前は伸ばされることのなった指。
今はの右手の人差し指と中指が、緒方の小指と薬指に密やかに繋がれていた。






結局緒方とが解放されたのは一日が終わるほんの数時間前だった。
正直相当に疲れていたが、緒方にはまだやることがあった。
幸い愛車は悪戯や盗難の難から免れていたので、同じようにくたびれて目蓋の下がりかけたを乗せて警察署を後にした。
向かった先はが仮宿としているビジネスホテル。
アルバイトっぽいフロントは二人を胡散臭そうな目で見た。おそらくがまた緒方と手を繋ぐことをねだっていた所為だろう。ラブホじゃねぇんだよとでも云いたげな視線を無視して、緒方はエレベータに向かった。
安っぽい造りのエレベータの中でもは甘ったれの猫のように身を寄せてくる。
緒方は特にそれに口も挟まず、好きにさせていた。負い目も在ったし、あんな目にあったばかりの女を突き放すほど薄情ではないつもりだ。
部屋の前に着き、鍵を開ける途中でが小さく欠伸をする。
肩で押すようにしてドアを開けながら、眠そうな顔で緒方を振り返った。
「先生、あのね、さっきっから考えてるんだけど、眠いしほかに思い付かなくってこれしか云えないんだけれど、あのね、助けてくれてありがとう、すごい嬉しかった」
とろりとが微笑む。
「それとね、先生が」
「大好き、だろ」
横から手を伸ばしてドアを開けてやりながら、緒方はの肩を抱いて部屋に入った。
流石にビジネスホテルだけあって見回す必要が無いほど狭い。ベッドと物書き用の本当に小さな机しかない。
緒方は奥に進むと壁のハンガーに掛かっていたセーラー服、それから机の辺りにあったトートバックと通学鞄を手に持った。
「荷物はこれだけか?」
「え?えと、あとユニットバスの方に洗面用具とか……」
「じゃあそれも持ってこい。他には無いのか?すぐにここをチェックアウトするぞ」
「あ、はい、それ以外はない、です、けど……あの、チェックアウトするって、私、どこに行けばいいんですか……?」
眠そうなその声。それでもあの部屋に戻ることへの抵抗感がはっきりと滲んでいる。
緒方はドアの前に突っ立ったままのに代わってユニットバスのドアを開け、勝手に洗面用具が入ってると思しきポーチをトートに放り込んだ。
緒方が窮屈な空間から舞い戻っても、よほど疲れているのかは全く緒方の意図が読めないようで胸の辺りで手を重ねてぼんやりとしている。
「行くぞ」
「あの、だからどこにですか…?」
「決まってるだろ。俺の家以外どこが在る」
「えっ!?」
くっつきそうだったの目蓋、それが勢いよく跳ね上がった。







居間のソファで脚を組み、置きっぱなしになっていた読みかけの洋書を繰りながら緒方は全然別のことを考えていた。
明日。
まずに新しいアパートを捜してもらっているはずの不動産屋に断りの電話を入れさせなければならない。
それから前に久我山が云っていた通り、部屋は空いているが家具は無い。作り付けのクローゼットは在るが、せめてベッドと小テーブルぐらいは買わなければいけないだろう。
電話も専用のものを引かねばなるまい。そうなると業者に工事を発注する必要がある。
の学校はどうする?通学定期は?それから実家には何と?連絡する?それとも黙っているか?
緒方は面倒臭くなって本を乱暴に閉じた。
ソファに凭れて天井を仰ぎ、眼鏡を外して片手で目を覆う。
今日はもう完全にオーバーワークだ。今日できることを明日に延ばすことは主義に反するが今日はこれ以上頭も身体も使いたくはない。
「………先生…」
その声に首だけで振り返る。
眼鏡がない所為でぼやけた視界、それでもその白っぽいパジャマの肩に濡れた黒髪を垂らしている人物がなのは明らかだった。
「上がったのか」
「はい。先にお借りしちゃってすみませんでした、ありがとうございました」
がちがちな台詞に緒方は唇だけで笑う。
一時間ぐらい風呂に浸かることも女なら珍しいことではない。だがこの分じゃ長湯の理由はそれだけではないだろう。必要のない覚悟を決める為に闘っていたに違いない。
眼鏡を戻すと緒方は立ち上がった。視界の端でがびくっと身を震わせたような気配。
今度はその表情まで良く見える。
白地に小さな黒い水玉のパジャマ、その上からでも肩の辺りが酷く緊張しているのが解る。
艶々と光を返す髪の間から覗く表情は相変わらずモザイクのようだ。
濡れた瞳に期待、強張った頬に恐れ、結んだ唇に決意。
知識と経験が比例しない分、子どものが大人より複雑だ。
緒方はに出会ってそれに気が付いた。
近付いてくる緒方にの喉がごくりと動く。
タオルを握る指に力が篭り深く皺が寄る。
緒方はの正面に立つと、その濡れて色を濃くした髪を撫でた。
不安と喜びにが潤んだ目を細める。
「そこの部屋を使え。布団を用意しておいたから、今日はそれで我慢してくれ。ベッドは今週中に何とかしてやる」
「え?…え?先生!?」
それだけ云って去っていこうとする緒方のシャツをが掴んだ。
「何だ?」
「え、あ……えと…えっ、と…」
小さくなっていく声に会わせて掴んだ指から力が抜けて、ぱたりと落ちた。
何を云いたいかは解る。だが、可哀想だがそれは杞憂だ。
緒方に今そんなつもりは無い。
「えっと……」
緒方は俯いてしまったの顎に指を伸ばした。
顔を上向けつつ、親指での下唇に触れる。やわらかな唇を押し潰すと指先が口内に潜り、つるりとした歯をなぞった。
たったそれだけでの頬が火が点いたように赤味を増す。
その純情な反応に緒方は笑った。
「ガキは早く寝ろ」
が硬直する。
子どもをあやす仕草としか思えない動きでもう一度髪を撫で、緒方は今度こそ背を向けた。
「ヒ……ヒッドーイ!そのガキに手を出したのは先生のくせにー!」
緒方はの罵声に振り返らず、自分もシャワーを浴びる為に居間を後にした。
事実に反論してもろくなことにはならないからだ。




それで漸く長い一日が終わった。




事件のことは新聞にも小さく載った。
櫻田もも未成年だったから実名報道は控えられた。
だからこの事件のことを知っているのは本当に数人。

けれどこの事件が何を齎したか。
それを知っているのは当人たちだけ。










緒方は欠伸を噛み殺した。
ハズレだ、この映画は。
あの後3軒目にして漸くのお眼鏡に叶う鍋に出会えた。果たして効率が悪いのか良いのか判断が難しいところだ。
ほかにもその店ではちょっと変わったデザインのナイフやフォークも買わされた。拘り始めると際限が無いのはどんなものでも同じである。
その後大量の台所用品を載せたスポーツカーは郊外のドライブインシアターに向かった。
これもが行きたがった所為だ。
ドライブインシアターは要するに車の中から観る映画館だ。音声はFMステレオラジオで拾う。誰に気兼ねすることなく密室で大画面の映画を楽しもういう、どちらかといえば家族連れやカップルをターゲットにしたシステムをしている。
だがが密室という概念を念頭に置いてここに来たがったとは思えない。車の中で映画、というものに興味を覚えたというのが正解に違いない。
緒方も映画は嫌いじゃないし、車は好きだ。だからのこのプランを受け入れたのだが、如何せん車が車だということを失念していた。
車高が低いFDは一番前の方に案内された。おかげでシートを倒しすぎると屋根部分に画面が遮られて切れる、切れないようにすると今度はシートを殆ど直角にしなければならないという按配だ。全然リラックスして映画が楽しめる環境ではない。
おまけに映画が面白くないのでは拷問に等しい。
車内にはコーヒーの匂いが充満しているが、来る途中にがスターバックスで買ってきたカップの中身はもう空になっている。序盤から既につまらなくて、その所為で頻繁に手が伸びたからだ。
退屈凌ぎの煙草を吸う為、パワーウインドウを下げようと僅かに身動ぎしたところで遠慮がちな声が掛かった。
「先生…」
「何だ?」
も映画に見切りをつけたものと判断すると、緒方は最早憚ることなくシートを倒し、ダッシュボードの煙草を引き寄せた。
「つまんないね、映画。ごめんね、もっと面白そうなのにすれば良かった…」
「こんなクソつまらないものを堂々と公開し金を取る方がどうかしてる」
「ねぇ先生……」
その響きに緒方は火を点けようとしていた手を止め、を見た。
大きな瞳にスクリーンが小さく写りこんでいる。
瞬きをした所為で一瞬その潤んだ画面が揺らぐ。
緒方は咥えていた煙草を緩慢な仕草で指に戻し、焦らすようにボリュームを絞った。切羽詰ったような顔をしてが身を乗り出す。
音が遠くなった車内、触れるか触れないか、それですぐに離れてしまった唇にが不満そうに眉を寄せた。
水を欲しがるようにキスをねだる少女。
緒方は苦笑した。
混じり気がない分恐い。下心や打算ではなく、本人もそれがどういう結果を齎すか解ってもいないくせに本能だけで願う。
何と危うくて愛しい生物だろう。
苦いくせに甘い笑みを浮かべたまま、緒方は再度シートから上半身を起した。
嬉しそうに微笑む頬を素通りし、助手席側の窓ガラスに片手を付きを閉じ込めながらその耳元に唇を寄せる。

緒方の身体の下での身体が強張った。
わざと隙間を残して接触させていないのに、はっきりとそれが解る。
意地悪く笑いながら、緒方はその耳の付け根にキスをした。
瞬間、びくりと跳ねた身体。
唇を密着させたまま緒方は笑う。には悪いがその過剰な反応が面白かった。
…」
「えっ!?」
もう一度囁いて、耳朶を噛む。
驚いたが咄嗟に緒方の胸を押し退けようと腕を突っ張って、そして慌てて引っ込める。
ピアスホールの無い耳朶はただひたすらやわらかい。
ゆっくりと歯を立てて舌でその輪郭をなぞる。
息を詰めて硬直した身体から急激に上昇した体温が熱となって立ち上り、雄弁にその緊張を伝えてくる。
緒方は腹の中だけで声を立てて笑った。
この程度のことでこれでは先が思いやられる。
あまりからかっても可哀想だからそれだけで止めにして、緒方は顔を上げの眦の辺りにくちづけた。僅かに涙の味がした。
、お前ピアスを開けるな」
「……どうして?」
ほんのさっきと比べて、明らかに頬を染めたが不思議そうに瞬きをする。
「その方が俺好みだ」
緒方はお預けになっていた煙草に火を点けた。
正確な意味が伝わったのか伝わっていないのか、とにかくは頷く。
たちまち天井付近が白っぽくなったので窓を開けて煙を逃がす。シートを倒したおかげで半分だけしか見えなくなったスクリーンでは場面が変わってカーチェイスが展開されている。惰性のように画面を目で追いながらもけして緒方は映画など見ていない。覗き込んでいるのはスクリーンの向こう、たった今の感触の記憶だ。
とキスをしたのはあの日以来だ。
いってらっしゃいのキスだのおやすみのキスだの、は事あるごとに唇を差し出しだそうとしてくる。その無垢な誘惑を全て緒方は躱してきた。
あの密室は駄目だ。
ほんの少し味わうだけで喉の渇きは一層激しくなり、際限なく欲望は深まる。
は緒方が望むならきっと拒むことは無いだろう。だが緒方は愛情を免罪符に欲望のままに振舞える歳ではない。不必要に周りが良く見える。常識、倫理、道徳、秩序に規範。第一そういう制約以前に精神的には幼い。だから踏み込むのを躊躇する。
今の行為だって本当は誉められたことではない。
自分のことは良く解っているつもりだ。一旦箍が外れたら、止まる自信は無い。
だから駄目だ。
予感がする。
きっとあの部屋で口付けを交わした日が少女を汚す日だ。
煙と一緒にぼんやりと心に浮かんだ言葉を吐き出す。
「俺はお前に悪いことばかり教えてるな」
だが云ってから後悔した。
愚かな懺悔だ。
そうやって罪悪感を感じていることを示し卑しく許しを乞う醜悪な偽善的行動。
伏し目がちに緒方は今度こそ本当に苦笑した。全く軽蔑に値する。
すぐ隣の身じろぐ気配に視線を上げると、狭い助手席でが器用に身を捻ったところだった。目が合うと、緒方を求めて両腕を伸ばす。
差し出された手が緒方の頬に触れた。
輪郭をなぞり唇に辿り着くと、煙草を咥えたその隙間に甘そうなピンクのグラデーションを施した爪をそっと差し込む。緒方のものより長い爪が歯に当り、かちと硬質の音を立てる。
「もっと教えて」
の顔は真剣だ。
数学の問題の公式を探求するのと同じ様な情熱で緒方を見つめる。
緒方は半分だけ笑って煙草を灰皿に押し付けた。
そして自分に向かって堕ちてくる身体を抱き締める。
これだから恐い。
恐れることなく立ち向かってくる。
だから自分も流されてしまいそうになる。だがそれは嘘だ。流されたフリをしたいだけだ。
ちかちかと脳内で点滅する赤信号のイメージ。
もし今の自分を久我山が目にしたら指を指して大声で笑った挙句、緒方の理性が一月も持たないことに一万円賭けてくるだろう。
だが緒方も自分の理性が二週間と持たないことに十万賭けてもいい。
「どうしたの、先生?」
あまりの下らない思考にキスの途中で唐突に笑い出した緒方を、ぱちぱちと瞬きをしながらが覗き込む。
「信号無視をしそうだ」
最悪の謎々だ。解るわけがない。それでも眉間に皺を寄せ、何とか緒方の言葉の意味を理解しようとする
その両の頬を包み指を滑らせ髪を梳り隠されていた耳を露わにする。普段は前髪に覆われた白い額の生え際を親指の腹でなぞってみた。
やっぱり自分は偽善者なのだと確信する。
こうして触れてしまえば結局後ろめたさなど霞む。
だったら端から奇麗事など掲げずに罪の意識など捨ててしまえばいいものを。
それでもそう簡単には割り切れず、だから緒方は偽悪的に唇を端を吊り上げた。
「精々俺にのたうち回るほどの忍耐と葛藤を味あわせてくれ」
「…どうやって?第一私、先生にそんな意地悪しません」
の眉がさらに難しく寄る。
滅多になく、緒方は陽気に笑った。
「その調子だ」