がウチに来たいって云い出して、しかもそんな日に都合よく家族が誰もいないとか、マジでなんかの罠かと思った。
でも断る理由なんてないから連れて帰った。いちおーウチ今日誰もいないよって云っといたけど、は上の空で頷くだけだった。なんかヘンだけどなんか予感があった。
俺の部屋に案内してから、お茶入れてくるって階段駆け下りた。やかん火にかけて便所に飛び込んだ。だってしょうがねーじゃん、が俺の部屋にいる! ってだけで興奮して勃っちゃうんだから。
速攻抜いて石鹸でがしがし手え洗ってお茶とみかんとあと仏壇に置いてあった羊羹持って部屋帰った。
はやっぱりヘンだった。云いたくないこと云わなくちゃならないときみたいに、タイミングを窺ってるせいで会話に集中できてねーの。
俺は別にいーけどさ。はなんか云いたいことあるみたいだから気になった。
「、なんか変だぞ」
頭の後ろで指を組みながらそう云ってみた。
は困ったようにちょっと首を傾げた。髪がさらっと動いて俺はその動きを目で追った。
「田島君は私に何かして欲しいことある?」
「キスしたい」
ヤベー。
して欲しいじゃなく、俺がしたいことじゃん、それ
「タンマ! えーと今のなし!」
「なしでいいの?」
「えっ!?」
の顔を見返す。
ちょっと混乱しそうになったけど、迷う必要なんてなかった。がなに考えてるかなんて俺には関係ねーもん。
キスしていーならするだけだ。
俺たちはちょっと離れてベッドに寄りかかっていたんだけど、俺は上半身を起こして這うように畳を進んだ。は逃げないし、俺を止めようともしなかった。
だからほっぺを両手で包んだ。それでも逃げない。目を覗きこんでもはしっかりと俺を見返してきた。それが嬉しかった。はいつもたいてい揺れていた。すぐに不安定になってふらふらする。隠そうとしてたけどそういうときって俺に怯えてた。まあ俺ひでーことしたし、ビビられるの仕方ないって解ってるからそんなの気にしなかったけど。
やせ我慢じゃなくちゃんと俺のこと見てくれたのハジメテかもしんねー。
思わず笑ったらも笑った。なんか苦笑みたいなカンジ。その隙にちゅってしたら目え丸くした。なんかショック受けたような顔ではじめてだったのにとかいうから俺もだオソロイだなって云ったら、脱力して俺の肩に額のっけてきた。いいにおいがして抜いたばっかなのにそんだけで勃ちそうでヤバかった。
もっかいしていい?ってきいたらは顔をあげた。の目が潤んでてジセイシンが切れる音ってやつが聞こえた気がした。
突撃したら唇同士がぶちあたった。ああこれじゃ何がなんだか解んねーやってちょっと頭引いたらの唇がすげーやわらかいのが解った。
あとは無我夢中。の身体が逃げようとしたけど逃げたぶんだけ距離を詰める。しつこく俺は貪った。てゆーか我慢できなくて舌入れた。頭の中で水音がして口ん中どろどろですっげーキモチイかった。のべろは逃げようとしてたし、の手が俺の胸を押し返そうとしてたけど止めるとかムリ。
ベッドに寄りかかっていたせいでは後ろさがれなくて左側にずるずる身体斜めにして逃げていく。ついに仰向けに倒れたところで俺はその上に覆い被さった。
あんなぐちぐちゅ音がするもんだと思わなかった。そのうち唾液が顎から滴り始めてイヤラシイことしてるんだなーって感じに余計煽られた。俺は適当に息継ぎしてたけど、はなんか妙に苦しそうで、ん、とか短い声がまさに脳天直撃、キスだけで勃つとか童貞丸出しって感じだけど、実際童貞なんだから仕方ねーよなー。
死ぬほど嫌がってるわけじゃないけど、がストップかけたがってるのは気付いてた。でも気持ちよすぎて止めらんなかった。やべーって思ってたけど止まんなくてごめんて思ったけどついチンコ擦り付けたらがびくって震えたからそこでやっと俺は唇を離した。
身体を起こすとは泣いていて全力疾走した後みたいにはあはあしていた。正直もっかい襲いかかりたくなった。でもさすがにそれは我慢した。
「ごめん、大丈夫か、」
小さな声であんまり大丈夫じゃないよってが返事する。ごめんって涙を舐めたらびっくりした顔していた。
「あのさ、これって俺のこと選んでくれたって思っていーの?」
の顔が強張る。
俺はやべー間違えたかと思った。
だけど、次の瞬間にはは笑ってた、哀しそうにだけど。哀しそうな笑顔のまま手を伸ばして俺の頬を撫でて「ごめんね」って謝った。
「なにが?なんに対するごめん?」
「全部」
簡潔だけどもやもやする答だった。ちょっと腹が立って俺は頬を撫でる指をむしりとって畳の上に押し付けた。
「がちゃんと云わねーなら俺が勝手に決めるよ。ここでを俺のものにする、いいのか、それで」
組強いて逃げられねーようにしといて云う台詞じゃねーよな、これ。
でも冗談っていうかウソだったからさ。
俺、が頷くなんて思ってなかったんだ。
だから普通にこくんってが首を縦に振った意味が最初解らなかった。は間違えたんだろうって思った。押さえつけてた手を放したらがまた俺のほっぺたに触れた。
「いいよ」
は笑った。
花井に向けているのとは違う種類だけど、それでもそれは十分綺麗な笑顔だった。
俺はの上から身体を起こした。後ずさって距離を取る。も起き上がった。は目を細めて俺を見ていた。なんか上手く云えなくて違う気がするけど俺はが怖かった。
俺は嘘だと云いたかった。それは嘘だ。いいよなんて嘘だ。でもせっかくが間違えてるのにもったいなくて俺はそれを口にできなかった。
はまた笑った。母親みたいな顔でやわらかく笑いながら指を伸ばして優しく俺に触れた。
「なんで泣いてるの?」
を初めて抱いた夜、俺は勝ったと思った。
花井にじゃない、運命とかそんなもっと漠然とした大きな抗いがたい何かを捻じ曲げ勝利したような気がした。
|
はそのままウチに泊まっていった。
メシはお母さんがたっぷり用意していってくれてたけど、はほとんど食べなかった。食べなかったって云うより喰えなかった?
なんだかぐったりしていて、俺はやっぱりへたくそだったのかとか酷いことしたのかとか気になってきいてみたけどははぐらかすばかりだった。しつこくきいたら足が痛いだけだから気にしないでと云われた。
足?だって痛いならむしろ腰とか穴のほうじゃねーの?って思ったけど、それ以上つっこんだらが本気で怒りだしそうだから黙っといた。
一緒に風呂はいりたいってのは拒否された。一緒のベッドで寝るっていうのは許可、ついでにエロいことしないからぎゅってしていいってきいたらそれも許してくれた。
最初は緊張してたのに髪撫でてくだらねーこと話してるうちには寝ちゃった。そーっと手をおっぱいの位置に動かしてみたけど起きない。力の抜けた身体を抱きしめて俺は幸福を噛み締めていた。
俺は勝ったと思った。
嬉しくて仕方なかった。誇らしかった。
俺は自分の力で本当は俺に与えられるはずじゃなかったものを手に入れた。
はモノじゃないって解ってる。けど、身体の一部を押し込んで引き裂いたのも俺だし、苦しそうに喘がせたのも俺だ。他の誰でもない、俺だ。一瞬でも幻でも繋がった。今も俺の腕の中に在る。は幸せの象徴のように思えた。
けど、急に雷が落ちてきたみたいに怖くなった。
腕の中のが怖くなった。
手に入れたから、失うことが怖くなった。
失うことに、奪われるということに、俺は慣れてなかった。
俺は奪うことに夢中で奪われるやつらのことなんて考えてなかった。花井のことを考えた。のことを考えた。取り返しのつかないところまできて初めて俺は自分がしたことの意味を考えた。
幸福の背後に隠れているものの存在に俺はやっと気が付いた。
ずっと欲しかったの身体が腕の中にあるのに、安らぎとかそんなものとは無縁の場所に取り残されたみたいで俺は眠れなかった。
朝になったらは花井と話がしたいと云い出した。なんでって言葉が飛び出しそうになったけど飲み込んだ。なんでもないって顔で通した。ほんとはすげえ焦ってたけど。
そんなことするようなやつじゃないって知ってるけど、昨日のことはが俺に思い出をくれたんじゃないのかって怖かった。
俺が貰ったのは単なる思い出で、やっぱりの心は別のところにあって、手に入れたと思ったのは俺の勘違いなんじゃないかって不安だった。
は花井が好きなんだ。
最後の試合、スタンドのが見ていたのは花井じゃなくて俺だった。
それはがせいいっぱい俺にくれた誠意だった。花井を想うことを止めて、ずっとだけを見てきた俺に応えるって云う意思表示だった。
だけど、花井を捨てることと俺を好きになることはおんなじじゃない。
「だって私が好きなのは花井君なのに」
泣きながらは俺に云った。
後輩が写真撮ってくれた日、はちょっとヘンだった。別にいまさら俺が肩を抱いたくらいじゃは怒らないし嫌がらない。それは別にフシギじゃなかった。ヘンだと思ったのは、なんかされるがままに寄りかかってきたことの方。それに、俺が離れないといつもやんわりと俺から逃げ出すくせにいつまでたってもそうしなかったこと。
ふざけて抱きしめてもそれが数秒ならは拒絶しない。けどそれはあくまで俺がを抱きしめる側だからだ。俺がするからは仕方なく許す、口にしたことがなくても俺との間ではそれが当たり前になっていた。
なのに、いつまでも肩を抱かれたままでいるはまるで俺とくっつきたがってるみたいで、預けるっていうか、全部俺に任せてるっていうか、とにかくそれまでにない変な感じだった。
「なあ、なんかあったのか」
「え? どうして」
くすくすとは楽しそうで全然自然で、自分が何してるのかなんて本気で解っていないみたいだった。
俺は驚いた。それまでそんなことなかったから喜ぶよりも逆にどうしたらいいのかわかんなくて、初めて自分からを解放した。
「だって、今日は逃げねーから」
俺は思ったままを口にした。そしたらは瞬間的に笑うの止めて、ものすげー動揺して助けを求めるみたいに花井を見た。
俺はヤバイって思った。
間違ったって思った。手を放さなきゃよかったってすげえ後悔した。
なのに花井はバカだった。これ以上ないタイミングでばちっと目が合ったのにすぐにから目を逸らした。
俺はの全身が絶望に染まっていくのを隣で見ていた。可哀想だとは思ったけど、俺は喜ばずにはいられなかった。もし花井がのとこに駆けつけたりしてたら、きっと自分たちの本当の気持ちに気付いてた。これまでの俺の努力が全部パアになるところだった。
ほんの三分ほどの間になんだかの存在感は薄くなってしまったような感じがした。その肩を掴んで大丈夫かと問うと、数秒ぼうっと俺を見返した後にはふっと笑った。淡い笑顔のまま首を左右に振ってするりと一歩さがる。俺の手から逃れたは振り返ることもなくグラウンドから去った。
俺にはなんでがあそこで笑ったのか解らない。首を振ったのも大丈夫という意味だったのか大丈夫じゃないという意味だったのか、それすらはっきりしない。どっちともとれた。まあ、どっちでもよかった。そんなことより俺は重大なことに気が付いたからだ。
が俺から離れなかったのって、俺のこと好きになりかけてるからなんだ。俺との間にが作った壁が壊れかけてる。ノーアウト満塁レベルのすげえチャンス、そんなの今攻撃しないでいつするんだよって感じじゃん。
俺は超興奮してヤル気満々で攻める気だったんだけど、でも、そう上手くもいかなかった。
花井に近付かなくなるのと同時に、は俺まで避け始めたんだ。ぎりぎりに来て休み時間はどこかに隠れて放課後はさっさ帰る。やっと捕まえてそれじゃ約束と違うってちょっと責めたらそれだけでぼろぼろ泣き出してあの台詞だ。だって私が好きなのは花井君なのに、ってさ。いまさら云われなくたってそんなの知ってるよ。
それにしたってホントひでーこと云うよな、は。
本人気付いてるのか知らねーけど、要するに俺にちょっと傾きかけたけど花井のことしか好きになりたくないからもう俺と係わり合いになりたくないってことだろ、これ。
無神経なに腹が立った
もっとめちゃくちゃにしてやりたかった。
「じゃあ試してみよーぜ」
両手で顔を覆って泣いているの手首を掴む。なんかこーゆーの前もあったな、って頭の片隅で思った。ムリヤリ抉じ開けて泣き顔を覗き込む。
「今から俺を抱きしめる。花井が好きで俺がどうしても嫌なら逃げろよ、そしたら俺もう追っかけねーから」
の目の中にはちょっとの怯えと、いっぱいの迷い。
この日もは揺れていた。
ぐらぐらぐらぐら、毎日少しずつ削り取っていた柱が、あと少し力を加えただけで折れようとしている。
俺は掴んでいた手首を放して、ものすごく慎重にの身体を抱きしめた。
逃げようと思えばは逃げれたはずだ。これまでみたいに俺が強引に抱きしめたってそんなのは無意味だから、でも逃げられるようちゃんと隙も時間もたっぷりとあげた。
は逃げなかった。
一歩さがることすらしなかった。
完全に包んでしまうと、やがて力を抜いて俺にもたれてきた。
望んでいたものが手の中に転がり落ちてきた。俺は喜んでいいはずだった。そのはずなのに、まがいものをかかえているみたいな焦りが消せなかった。
次の日、最後の試合でが見てたのは俺だったし、昨日の夜、を抱いたのは俺だ。俺に身体を許したのは俺を選んだってことだ。選んだんだってことなんだって信じたい。
でも、は肝心なものは何ひとつくれない。
俺がいくら好きだって云ってもは喘ぐばかりで何も返さなかった。
は残酷だ。
優しいけれど、残酷だ。
あの日俺たちは約束をした。
俺は俺のことを好きになってよと懇願した。は黙ったまま泣くだけだった。
俺は絶望して握っていた手を離した。
失敗した。もうどうしたらいいのか解らなかった。俺は、俺ができることはやった。を自分のものにするために使えるものは全部使った。それでもには届かなかった。
そこで終わるはずだった。
がおかしなことを云い出さなければ。
「田島君が私の恋を邪魔しない代わりに、私も田島君の恋を邪魔しない」
意味が解らなかった。
俺はが欲しいだけで、そんなワケの解らないコトバなんていらなかった。
が何を考えてるのか知りたくて、その目を見ようとしたけど逸らされた。の視線は俺じゃなくて汚れた床の上に向けられていた。
「私は花井君を好きなことを止めない。告白はしない、本当にいいの、私は見ているだけで。そういう私のことを間違ってるとか、おかしいとかもう責めないで欲しい。その代わり私は田島君から逃げない。田島君のこと、好きにはなれない、と思う。でも嫌がったり避けたりはしない。私は田島君の恋を邪魔しない、だから田島君も私の恋を邪魔しないで」
涙に湿った睫を伏せてはそう云った。
俺はの言葉の意味をぐるぐると考えた。なんでこんなヘンなこと云いだしたんだってナゾに思ったら、ドウルイアイアワレムってヒビキが西広センセイの声で再生された。
ああ、そっかって納得。
俺はが好きで、は花井が好きで、でもはもう自分と花井は両思いになれないと思っていて、そういう一方通行ぶりが俺とはおんなじで、つまりは俺がカワイソーになったワケだな。なんかカワイソがられてんのがおかしくて笑えた。
俺はもちろん承諾した。
「いいよ、じゃあ約束な!」
涙の薄い膜が窓からのほんの微かな光を反射させていて、きらきら光る目では弱々しく笑った。
「約束」
小さな声でが繰り返した。
俺ははバカだなあって思ってた。
別には俺のことなんか突っぱねてよかったのにさ、あんだけ俺に酷いことされたのにまだ俺に同情できるってすげえって思った。すげえ優しいけどすごくバカだ。
その後、をチャリで送ってから部活に戻った。すぐにモモカンに見つかって金剛輪くらって死ぬほど痛かったけど、ピンクのジャージの肩越しに見える花井にブイサインしたい気分だった。俺はうかれていた。
哀れみでもなんでも良かったんだ、のそばにいられるなら。
そばにいればチャンスがある。花井のことを嫌いになるかもしれないし、俺のことを好きにさせられるかもしれない。
プライドなんかいらねーよ。
そういうのはきれいに負けたい奴が振りかざしてればいい。俺は汚くても勝ちたい。泥まみれでも勝った方が何十倍も楽しいに決まってるじゃんか。
オナサケでもなんでもしがみついて俺は逆転を狙った。
結果的に俺は勝ったんだ。勝ったはずなんだ。
なのに、今は苦しい。
ずっと手を伸ばし続けていたものにやっと手が届いたはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだよ。
嵐のように今俺の中で暴れまわってるモノの正体はいったいなんなんだ?
***
のことは好きだ。
なんでって、わたしのドコが好きなのってにも何度もきかれたけど、俺にもよくわかんない。
よくわかんないけど、なんか引っ掛かる。
笑顔とか、見れると嬉しい。泣き顔もちょっとぞくっとする。
昔、小学校の頃って俺の持ちものっておさがりばっかだった。兄ちゃん姉ちゃんのお古でたいていのものが揃ったから。俺も別にそれを不満に思うことはなかった。
でも、リトルリーグの試合で猛打賞かなんかとったとき、誕生日でもクリスマスでもないのにおさがりじゃないものをもらった。
グローブだったけど、俺すっげー嬉しかった。
なんかを見てたらそのときの気持ちを思い出す。
はものじゃないけど、そんなの俺だってわかってるけど、なんか似てる気がするんだよな。あのグローブは俺だけのものだった。同じようにも俺だけのものにしたかった。
花井を見つめるの視線は特別で、俺はそれが欲しかった。
はいつも溶けそうな目で花井を見ていた。それが花井なら無条件でなんでも受け入れてしまいそうな目。最初はああこいつは花井が好きなんだなーって、ただそれだけだった。なのに、その内俺を見て欲しくなった。結局これまで一度だってそんな顔を向けてくれたことはないけど、それも仕方ないことだし。この先、死ぬまでに一回だけでも俺に見せてくれたらそれでいいと思う。
花井のことも好きだよ。
小学校のとき姉ちゃんにくっついて二日だけ行った書道教室の先生が云っていた、環境が人を作るんだぞって。花井はまさにそんな感じ。
花井は誤解されるタイプの人間だ。
花井は誰彼構わず優しいわけじゃない。でも、みんなあいつは優しくて公平ないいヤツだーって云う。
確かにそうだけどそうじゃないと思うんだよなあ。
花井はキャプテンに選ばれたから、自分を律して公平に振る舞おうとしているだけだ。
だって入部のときのモモカンに対する態度から明らかじゃん。あいつはモモカンが女だからってたったそれだけでバカにしてたし、めそめそする三橋をウゼーって怒鳴るような奴なんだぞ。そういう奴が優しいだけのニンゲンなわけねーじゃん。
あいつは戒める規範がなければ本当は好き嫌いの激しいいじめっ子タイプなんだよ。ただそれ以上にジセーシンがスゲエだけ。ほんとストレスの多そうな性格してるよな、花井って。
が俺の運動神経のことをギフトだねって云ったことがある。なんだそれってきいたら、神さまがプレゼントしてくれた才能のことだよ、って教えてくれた。
俺の運動神経がギフトなら、花井の性格もギフトだと思う。
花井は俺のコトバをちゃんときく。
なんか俺コトバ上手くなくて、兄ちゃんたちにもお前は何云いたいんだよっていまだに呆れられたりすんだけど、花井は俺の云ったことを一生懸命考えてちゃんと俺と向き合おうとする。笑ってごまかしたり、意味わかんねえよですまさない。
これまでって俺のこと素直にスゲエって認める奴らはフツーにいいチームメイトで友達になって、素直に認めない奴はライバルっていうか敵になった。花井の面白いとこは俺のことスゲエって解ってて友達なんだけどでもライバルで、絶対こいつには負けたくねえこいつより打ってやるって燃えてるところ。生まれつきがどーのとか、そういうイイワケは口にしない。諦めないでマジメに努力できる。そういう奴は俺は好きだ。
もっかい云う。
俺は花井のことも好きだよ。
だからあいつの性格も行動も読めた。
花井はが自分にほれてることを知っていた。知っていてわざと知らん顔してた。たぶん野球部のせいだろう。あいつのことだからどうせキャプテンだからとかそんな頭の硬そうな理由だな、絶対。
だから俺はみんなの前で云ったんだ。
俺のこと好きだからお前とんなよな、って。
そうすれば花井はに何も云えなくなるって解ってたから。
***
花井はが好きだった。
俺はそれを知っていた。
知っていて、俺はに嘘をついた。
自販機の前にいたふたりは自然ていうか、おんなじ生物っぽくて、俺が持ってないものを持っていた。なんかそれ見たら我慢できなくて、そういう空気っていうのか、ふたりだけの世界みたいなそういうのぶち壊さなきゃって焦って、俺はに抱きついてた。花井は目の前にいたのに動けずにいた。多分俺のことぶっ飛ばしたいけどそれやったら自分がにほれてんのバレんじゃね? とか余計な計算ぐるぐるしちゃって咄嗟に動けなかったんだろう。はで花井のこと好きなの隠してるつもりでいたから花井に助けを求めたいけど求められずに硬直してた。
そういうふたりを見て、ああなーんだって思った。
つけいる隙があるんだ、きちんと作戦組み立てて攻めれば俺にもチャンスあるんじゃんって思った。
俺はふたりを揺さぶった。
花井はを好きにならないなんて嘘だ。そもそも花井はのこと好きなんだし、俺が好きだからって花井はを好きじゃなくなったりしない。あいつは俺と友達だから悩む、けど、最終的には俺よりをとる可能性は高いと踏んでいた。とりあえずの時間稼ぎのために俺はが好きだと宣言した。これでしばらくは花井はに手出しできない、その間にを落とすつもりだった。
にはいろいろ酷いこと云った。弱らせてそこに噛み付くって野球でも当たり前のことで、でも野球でも人間相手でも狙ったからってそう簡単に上手くいくもんでもなくて、はぼろぼろになってたけど、最後のところで折れなくて、俺はああ失敗したんだと思った。
すぐに気持ち切り替えて諦められるかわかんねーけど、俺はそのとき思いつく限りのことはしたし、これ以上はやっても無意味だなってから手を引くつもりだった。そのつもりで手を離した。
なのに、が自分からヘンな約束を云い出した。
が自分からそんなこと云い出さなきゃ、そのうち花井から告ってきたかもしれないのにさ。俺がそばにいたら花井は寄ってこないよ。
俺はをよく野球部に連れて行った。屋上とかでメシ食うときもわざわざ花井の隣空けさせてそこにを座らせた。疑うってことを知らないは俺が親切で花井のそばに連れていってやってると思っていたようだけど、全然チガウ。逆だ。花井はプライド高いから俺と一緒にいるを見ても嫉妬なんてしてませんよって表向きは平然とした顔をする。でも、やっぱり見たくないからなるべく目に入らないように距離を置こうとする。はそういう花井の態度に傷ついて、ますます自分の片思いなんだって思い込みを深めてた。
想いあってるのにヒトってここまでスレ違えるのかって感心したくなるくらい、花井ももお互いのことが見えてなかった。
まあ、そう仕向けたのは俺なんだけど。
俺は花井にはならない。なりたくない
花井の持っているものを俺は持ってない。俺と花井は野球好きってこと以外は似てるとこなんて全然なくて、北極と南極くらい正反対だ。あいつってびっくりするくらいまともで、そういうのときどき羨ましく思う瞬間が確かにあった。負けたくないって思った、けど花井みたいになりたいかっていうと別になりたくない。
俺は我慢なんかしたくないし、何かとか誰かのためとか、そんな理由で欲しいもの諦めるなんてそんなのムリだ。イヤだ。
だから、酷いことをした。
なあ。
人はどこまでならやっても赦されるんだ?
俺はケーサツに捕まるようなことはしていない。
でも正義じゃないことをした。
が花井に告白しないように仕向けて、花井が自分を好きにならないと思い込ませた。花井にも口をつぐむよう楔を打ち込んだ。
俺がそんなことしなければふたりは幸せになったかもしれないのに。
背中を預けた壁の向こう、今、青空の下でと花井が話している。が今更何を花井に語ってるのか、俺には想像がつかない。
俺はのこと信じてる。信じたい。は花井のとこに行ったりしない、俺のところに戻ってくる、大丈夫だってさっきから何度も何度も繰り返してる自分のビビリ具合にびっくりだ。
それともこれが普通のことなのか?
今まで俺が気付いてなかっただけ?
誰かを好きになるとこんなに不安なものなの?
奪われることに永遠にびくつかなきゃいけないもんなのか?
「田島君」
驚いた。
がいた。
いつドアが開いたのか全然気付かなかった。
「終わった?」
俺の質問には融けかけの雪みたいな笑顔を浮かべながら頷いた。
ああ。
花井はやっぱり何も云わなかったのか。
どうしてか、安心とおんなじくらいの落胆が肩にのしかかってきた。俺はそれを振り払うようにに手を差し出した。が俺の手を握る。ちょっと泣きたくなった。俺はわざと明るい声を出す。
「なー。もうタジマクンはナシにしようぜ。ユウとかユウちゃんとか、俺がのもんだってはっきり解るような呼び方してよ」
身を屈めて覗き込んだ先、俺のセリフには目を丸くしていた。
それから赤くなって繋いでいた手が逃げようとする。俺は僅かに力を込める。
「」
ほら。
たったこれだけでは逃げられなくなる。
俺は昔からそうだった。
甘えても許してくれるやつを本能的にかぎわける。
「呼んでよ」
真剣な声で囁くと、「そのうちね」って赤い顔のが顔を俯ける。
俺はその隙に不安を砕くみたいに強く歯を噛み締めた。
を愛してる。
でも、愛して、大事にして、幸せにすれば俺のしたことは赦されるのだろうか。
が赦してくれれば赦されるのだろうか。
違う。
そうじゃない。
一生赦されないと思う。
俺は後悔はしない。後悔するくらいなら初めっからやらなければいいんだ。だからこれは後悔なんかじゃない。
ただずっとひたすら死ぬまで背負っていくだけのものだ。
俺は死の間際まで止まない嵐とともにある。
でもそれでいいんだ。
これからも俺は嵐の中を歩いていく。
|